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<title>研修担当のひとりごと</title>
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<description>困ったもんだ・・・</description>
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<title>『グループ』と『チーム』の違い</title>
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<description>いつも研修でロープレなどの実習を行うとき、私たちはグループ分けをして演習します。...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;いつも研修でロープレなどの実習を行うとき、私たちはグループ分けをして演習します。グループ分けを前もって行う場合や、当日、講師の先生にお任せして、講義が始まってから、当初の席順を、講義の途中で席替えをしてもらうなり、グループの分け方はそれぞれです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;グループの呼び方に、この「グループ」の他に「チーム」というのがあります。ふだん私たちは、この違いを意識せず何げなく使っているのですが、リーダー研修をご担当いただく先生方は、この「グループ」と「チーム」の呼び方を使い分けておられる方が多いようです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もともと「グループ」というのは、単なる「人々の集まり。集団。仲間」なのですが、「チーム」というと「共同で仕事をする人々の集まり。団。」「競技で戦い合う、それぞれ組。」となり、「グループワーク」と「チームワーク」という表現も、その目的や条件の有無により、自ずと異なってきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ちょっと難しい話になりますが、「達成すべき明確な目標があり、それがメンバーに共有されている」「メンバーに、果たすべき役割が割り振られている」「メンバー間に協力関係、相互依存関係がる」場合は、その集団は「グループ」ではなく「チーム」なのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;思い起こせば、学生時代は、所属していたのは、すべて「グループ」でしたから、集団行動をとる場合でも、自分が嫌なら参加しなければよかったのです。ところが私たちの職場（部、課、など）は、単なる従業員の集まりではなく、「チームワーク」が求められる集団に所属して活動するのですから、「チーム」なのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こうしてみると、研修でグループ分けされた集団は、先生により課題を与えられて演習をスタートするのですから、その瞬間から「チーム」に変身するのだと思います。ですから、演習の出来不出来も、そのメンバーが、各々の役割を充分に果たしてこそ、いい研修効果につながるような気がします。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>社員研修</dc:subject>

<dc:creator>チョコレートは○○○</dc:creator>
<dc:date>2009-11-09T10:00:00+09:00</dc:date>
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<title>「ひと」と「人間」</title>
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<description>「あの人は、人づきあいがうまい」という表現がありますが、「人間関係が苦手」な人が...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;「あの人は、人づきあいがうまい」という表現がありますが、「人間関係が苦手」な人が増えているのは事実のようです。いまの情報社会では、知りたい事はすべてインターネット、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌から直接入手することが可能ですから、人を通さなくても、生活に困ることはないのかも知れません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、「人間関係が苦手」という人は、相手に何かを頼んだり、頼まれたりする「行為」をできるだけ避けようとされておられるのではないでしょうか？もちろん、人とのかかわりを捨てれば問題ないのですが、社会人として仕事をしていくうえでは、そうは行かず、「人間関係」は欠かせないものになってきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そもそも「人間」とは、「人と人の間」という意味で、社会的なあり方、関係性、人格を中心にとらえた「ひと」のことで、単に「ひと」という場合は「ひとは誰も･･･」とか「ひと事」のように不特定な相手を指しますが、「間が悪い」「間合いがよい」「間の抜けた」「間引く」など、「間」は必要不可欠なものとなっています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ルソーの言葉に「植物は耕作によりつくられ、人間は教育によってつくられる」とありますが、現代でも日常的に「人は教育によって人間になる」「教育によってヒトは人間になる」といったことが多くの人々によって言われ続けています。教育によって得た知識を、「わかる」→「できる」→「やってみて成果につなげる」には、「ヒトは行動を起こさない限り、相手のヒトと関わりをもてない」のではないでしょうか？&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>社員研修</dc:subject>

<dc:creator>チョコレートは○○○</dc:creator>
<dc:date>2009-10-26T10:00:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://shainkenshu.cocolog-nifty.com/mumble/2009/10/post-7cb6.html">
<title>種を蒔く、樹を植える</title>
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<description>異業種交流会で知り合った、ある大手企業さんの研修センターを訪ねたとき、入口に掲げ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;異業種交流会で知り合った、ある大手企業さんの研修センターを訪ねたとき、入口に掲げてある書をみて感じ入りました。「一年の計　真如樹穀、十年の計　真如樹木、終身の計　真如樹人」と書いてあり、意味を聞いてみると、人材育成の重要性を説いた中国の古典「管子」権修編に由来するもので、「一年の計を立てるなら穀物を植えるがよい、十年の計を立てるなら樹木を植えるがよい、終身の計を立てるなら人物を育てるのが最もよい」とのことでした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いまの時代は、ますますグローバル化・ＩＴ化する一方で、消費者ニーズの多様化・高度化といった価値観の変化がすすんでいます。企業のあり方、そこで働く人たちの意識や環境のあり方も時代とともに変わってきました。結果、新たな経営課題として、情報力（ネットワーク化）、企画・提案力（サービス化）、開発力（ハイテク化）、コスト対応力（生産性・効率化の強化を迫られています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これらは、すべて総合的な「人材レベルの向上」ということに尽きます。さまざまな課題や対策の根幹は、売り上げや利益や商品やお金でもない、「人そのものの育成」にあるといえます。その意味で「終身の計　真如樹人」というのは、ぴったりの言葉で、この研修施設が「樹人館」＝「人を樹える」からきているのには感心させられました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;翻って私たち研修担当の仕事に当てはめて考えてみると、新入社員さんというのは、まさに大木になる種子で、植物は光と水さえあれば育つといわれても、土壌が腐っていれば元も子もなくなりますし、水をやりすぎても、かえって植物はそだたないので、試行錯誤を重ねている状態です。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>社員研修</dc:subject>

<dc:creator>チョコレートは○○○</dc:creator>
<dc:date>2009-10-19T10:00:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://shainkenshu.cocolog-nifty.com/mumble/2009/10/post-f9e8.html">
<title>どさ？ゆさ！よらい！？</title>
<link>http://shainkenshu.cocolog-nifty.com/mumble/2009/10/post-f9e8.html</link>
<description>私たちは仕事を進めるときに、会話というコミュニケーションによって意思を伝えます。...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;私たちは仕事を進めるときに、会話というコミュニケーションによって意思を伝えます。そのため、言葉が通じさえすれば意思が伝達できていると考えがちです。コミュニケーション研修では、意思の伝達は、「言語」「非言語」「コンテクスト」から成り立っていて、言葉だけがコミュニケーションではないと教わります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;辞書によれば、コンテクスト（またはコンテキスト）とは、日本語では「文脈」と訳されることが多いのですが、他にも「前後関係」、「背景」などと訳されています。「コミュニケーションの基盤となる状況や価値観、信念、習慣などを指す」とあります。すなわち、コミュニケーションを成立させる共有情報をコンテクストといいます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「どさ？」「ゆさ！」の意味をご存じでしょうか？これは青森弁で『どこに行くの？』『お風呂（銭湯・温泉）に入りに行くんだよ』という会話なのです。たった4文字なのにしっかりした世界一短い（？）コミュニケーションです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;以前、テレビを見ていたら、タレントや俳優が、それぞれの出身地のお国自慢をその土地の訛（なまり）で言い合う、という番組で、「「どさ？ゆさ！よらい！？」といっていたのを覚えています。青森だけでなく秋田でも同様の方言があるようで、秋田弁で「どこへ？」「お風呂だよ！」「帰りに寄っていきなさいな！？」という意味だそうです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;コンテクストは会社や職場といった小さな単位にも存在します。会社が違えばコンテクストも異なります。たとえば営業には営業の、経理には経理のコンテクストがあります。職場のコンテクストはメンバー、なかでもマネージャーが知らず知らずに創り出しています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;問題は、新人や中途採用者を迎える職場では、この「言語」「非言語」より「コンテクスト」が大きいほど、ミュニケーションが難しいということです。先輩から見れば「言わなくても分かっているだろうが」といわれても、後輩にとってみれば「言ってくれないとわからない」となるのです。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>社員研修</dc:subject>

<dc:creator>チョコレートは○○○</dc:creator>
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<title>講師の副業</title>
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<description>外部から招聘する講師の先生の略歴を拝見していると、過去に、いろいろな職種に付かれ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;外部から招聘する講師の先生の略歴を拝見していると、過去に、いろいろな職種に付かれていて、社会的な経験が多く、それを「売り」にされている方が多いのですが、現在はというと、ほとんどの方が、職業としては講師の他に何かをなさっています。また、その何かが本業で、講師が副業という場合もあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;作家が本業で、その執筆活動の合間を縫って、研修をしている先生もいらっしゃいます。主にご自分が書かれたビジネス書の内容にもとづいた講演依頼や研修が多いようです。この先生に言わせると、執筆活動と研修への出講は、情報源からして、持ちつ持たれつで、どんなに書籍が売れても執筆活動だけに絞り込むつもりがないそうです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;スピーチの先生は、結婚披露宴やイベントの司会、ナレーターの仕事が本業の方が多いようです。ただ、研修となると、話法の技術ひとつ取っても、基本的なことは、理論的に押さえておく必要があり、かなりの勉強が必要といいます。それと、受講生一人ひとりに目をくばり、研修を通じて、その人の習得度を確認する作業があり、一方的なスピーチとは、少し趣を異にしているようです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;大学で講義をされている先生も多くいらっしゃいます。この方々に共通しているのは、研修を通じて、なんとか個人の力を引き出そうとされていることです。大学での講義では、いかに彼らを講義に惹きつけるか、彼らが何を求めているのか、つねに意識して講義にかからなければ、「良い講師」としての評判が取れないからで、研修での講義もその延長線にあるといいます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;最近、企業の戦略やプロジェクト運営のコンサルタントを本業とされている方に依頼する研修が増えてきています。現役のコンサルタントの方の情報量や仕事の進め方といったものは、講師専業の先生とは比較にならないくらい、臨場感があります。講師専業の先生では、時として、ご自分の過去の経験の切り売りになり、現状の問題解決や、将来の方向を導き出すことは難しいからです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ただ、研修が本業か副業かは問題ではなく、たとえ講師専業であっても、大切なことは「人が好きで、一人ひとりの成長に興味をもって」臨めるかということだと思います。どんなに講義が上手くても、講師個人の自己満足に過ぎず、いかに受講生個人の潜在能力を引き出せるかにかかっています。これからは、益々この傾向が強くなると思います。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>社員研修</dc:subject>

<dc:creator>チョコレートは○○○</dc:creator>
<dc:date>2009-10-05T10:00:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://shainkenshu.cocolog-nifty.com/mumble/2009/09/post-03e5.html">
<title>講師の高齢化</title>
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<description>弊社では全社的な研修は、私たち人事総務部門が担当していますが、営業部門など職能研...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;弊社では全社的な研修は、私たち人事総務部門が担当していますが、営業部門など職能研修は、事業部ごとで行っています。先日、その営業部門の研修担当から聞いた話ですが、営業マンの研修で外部講師を招聘して実施しようとしているのですが、若い講師が見つからないというので困っている様子でした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;というのは、いままでお願いしてきた先生が高齢化したため、若い営業マンの研修では、どんなにいい内容であっても、あまりにも年齢に開きがあると、教えきれないことが多いというのです。具体的には入社４～５年までの若手となると、中途採用を含めても２０後半～３０代前半ですから、講師先生は、４０代～５０代前半までというのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;理由は、年配の先生になると、ご自分の講義内容には日々磨きをかけられていて、内容的には全然問題ないのですが、いまの若者がどのような考え方でいるのか、どのような仕事ぶりなのか、価値観の違いはどこにあるのか、といったことに、あまり興味をもたれていない方が多いというより、「ご自分の若い時と同じ感覚」で受講生をとらえておられる節があるというのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;彼のいう「年配の先生」といのは６０代前後で、いままで業界で実績があるがゆえに、今日も研修をなさっているのです。その先生方も４０、５０のころは、若者のことも興味をもって対応されてこられたのでしょうが、６０近くになると、どうも面倒になってくるかたが多いようです。早い話、その先生方に「ゆとり世代の若者を対象にした営業教育をお願いします」といえば、受けてくれる人は少ないといいます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もっと問題は、その講師の先生が、ご自分が高齢化することで、そのプログラムができる若い先生を育ててこられていないのが現状です。やはり講師の先生は、このプログラムについては、自分が一番であり、いくつになっても一番でありつづけたいのでしょうか？それほどのこだわりがあればこそ、その年になるまで講師を張って来られたのでしょうか？&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>チョコレートは○○○</dc:creator>
<dc:date>2009-09-28T10:00:00+09:00</dc:date>
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<title>あくびをした受講生</title>
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<description>先週末の若手リーダー研修のときでした。外部の先生をお招きしての研修会だったのです...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;先週末の若手リーダー研修のときでした。外部の先生をお招きしての研修会だったのですが、研修中に一人の受講生があくびをしました。研修担当の私が立ち会っていたのですが、そんなに眠くなるような講義ではなかったと思いますが、彼にとっては退屈だったのかも知れません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;３０人のクラスでしたが、その瞬間、先生の目に留まり、注意を受けるところとなりました。女性の先生で、にこやかに、彼に向かって「いま、あくびをしましたね。堪えていたのでしょうが、我慢できる方法をあとで、教えて差し上げます。」といって笑いをとりつつ、「皆さんは、外にでられたら、会社の代表ですから、どんな場合でも対面でのあくびはよくないですから。」と付け加えて、講義をつづけられていました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;研修は、一般的に受講生にとっては、「眠い、つらい、退屈なもの」のようですが、講師の先生は、それを承知で、いかに、「眠くならない、ためになる」研修を心がけておられるはずで、「眠くなったり、あくびをしたりする」受講生がでた場合は、「受講生にではなく、講師の方に責任がある」といわれもします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今回は地方からも参加していますので、疲れがでていたり、睡眠不足になり勝ちですが、この場合は、どちらが正解なのか分かりません。ちなみに、先生の話では、その受講生は、休憩時間に、先生のところに謝りにきたそうで、先生も、彼が素直に受け止めてくれたことに、彼に賛辞を送ったそうです。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>社員研修</dc:subject>

<dc:creator>チョコレートは○○○</dc:creator>
<dc:date>2009-09-14T10:00:00+09:00</dc:date>
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<title>匿名と匿顔</title>
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<content:encoded>&lt;p&gt;私たちは、毎日、多くの人と顔を合わせてコミュニケーションをしています。ただ、IT社会になってからは、メールでのやり取りが増え、匿名ではなく、顔が見えないコミュニケーションを余儀なくされる世の中になってきました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もともと、匿名というのは、ラジオなどの「匿名希望さん」が、名前を伏せて応募してきたり、寄付などの社会的善行に使われることが手段でした。私たち研修の事後アンケートも、時として無記名にするのは、できるだけいい意見を得ようとの試みからおこなわれるもので、ほとんどの場合が、いい意味での「匿名」と理解していました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ところが、IT社会では、個人の匿名性を保証することにより、個人のプライバシーが保護できるという利点がある一方で、匿名であることをよいことに悪事を助長しかねない一面もでてきました。匿名性の利点を生かした「告発」により、不正を暴露することで公にできる一方で、匿名であるのをよいことに、後で自分の責任を追及され危険がないので、他人を誹謗中傷する人が増えてきました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;インターネットの掲示板などで見受けられるのは、かなり過激に攻撃した書き込みなど、本質的な価値より、その話題が、自分の中にあるエモーション（情動）だけで、出来事の重さを量っているように思えます。これは、「匿名」でないというより、顔を見せないで、感情の赴くままに攻撃できる「匿顔」のなせる技だと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;コミュニケーションの手段は、表情を読み取りながらの意思伝達にあるのに、「匿顔」は偏った意思伝達の方法であり、ある意味、その人の内面の表れだとしたら、顔を見せるコミュニケーションでは、自分自身を隠しながら、みんな無理をしているのかも知れません。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>社員研修</dc:subject>

<dc:creator>チョコレートは○○○</dc:creator>
<dc:date>2009-09-07T10:00:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://shainkenshu.cocolog-nifty.com/mumble/2009/08/post-c60e.html">
<title>カスタマイズ</title>
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<description>最近、外部の研修機関さんに、研修を依頼する要件として、いままでのパッケージ型の研...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;最近、外部の研修機関さんに、研修を依頼する要件として、いままでのパッケージ型の研修から、一歩すすめて、弊社の業務に関連した「カスタマイズ」をお願いすることが多くなりました。もっとも、初歩的なコミュニケーション・スキルといったものは、基本的なスキルなので、パッケージ型で行っています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;思うに、基本的スキル以外の研修というものは、本来、カスタマイズして行うべきもので、いままで、階層別とか課題別研修で、外部の研修機関のプログラムから該当するものを選択して実施していたとしたら、研修担当の怠慢といわれても仕方ありません。要は、自社の抱えている問題を把握して、かつ研修機関のプログラムにも精通していて、初めてカスタマイズを要求できるようになれるからです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ただ、このカスタマイズの要求についても、研修機関の営業窓口の方の役割も疎かにできません。こちらの要望をチャンとヒアリングしてくれて、自社のプログラムに落とし込むか、どのあたりまでカスタマイズできるのかを教えていただく必要があります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;同業他社の研修担当に聞いても、最近は予算が縮小されたこともありますが、同じ研修をするなら、できるだけ業務に活かせる内容にするよう、上の方が口をはさんでくることが多くなったそうです。確かに限られた予算で研修をするなら、時間をかけてでも、いいものだけを選んで実施するべきです。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>社員研修</dc:subject>

<dc:creator>チョコレートは○○○</dc:creator>
<dc:date>2009-08-31T10:00:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://shainkenshu.cocolog-nifty.com/mumble/2009/08/post-d120.html">
<title>遅刻した受講生</title>
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<description>手を挙げて参加してもらう研修では、コントロールが効かないというか、往々にして、当...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;手を挙げて参加してもらう研修では、コントロールが効かないというか、往々にして、当日人数が欠けたりします。特に、他部署に跨っての公募では、緊急の仕事が入ったりすると、こない人がでるのは仕方がないのですが、講義をいただく先生に失礼にあたるので、できるだけ情報を前もって集めておきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;特に、外部から招聘して実施する場合、誰と誰が、この理由により遅刻、欠席、早退など、理由を述べて予め了承を得るのが普通です。ただ、先生によって、その反応はまちまちです。全然意に介せない人、グループやペアリングワークに支障がきたすので嫌がる人、それぞれですが、おおむね受講生には興味がないというか、ご自分の講義や演習の進め方だけしか関心がない先生が多いようです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;このまえ、珍しい先生にお会いしました。受講生が一人だけ第一項が終わってから参加してきました。通常、受講生が申し訳なさそうに先生にお詫びを申し上げ、先生も、仕事の事情を理解して、その後も何事もなかったように進められるのですが、この先生は、第二項が始まる前の休憩時間を使って、彼がいない間に何をしたのか、その狙いはなんだったのか、どんな演習をしたのか、その結果はどうだったのか、と懇切丁寧に説明されていたのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もちろん、そのおかげで、その受講生は、遅れてきても、その後の研修にスムーズに皆とレベルを合わせて参加することができたのか、あとで受講生から非常に感謝されました。「珍しい先生」と言いましたが、本当は、これが当たり前で「受講生に興味はない」のは珍しい先生であってほしいです。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>社員研修</dc:subject>

<dc:creator>チョコレートは○○○</dc:creator>
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