2017年10月14日 (土)

相手理解

新人フォローアップ研修の季節です。私たち研修担当としては、4月の新卒研修の時から会っていないので、あれから彼らがどれだけ成長したか、見せてもらえる楽しみがあります。それと今年は、研修期間の1日を、「相手理解」のお手本としての「先輩を観察する日」を設けたことで、その結果がどうだったか、聞かせてもらえるのも楽しみです。

社会人になると、学生時代と違って、否応なしに、相手理解を求められる場面が増えます。苦手な上司、嫌なお客様、生意気な同僚・・・。最近の若い人の特徴として、相手理解が苦手という人が多いといわれます。仕事を円滑に進めるうえで、相手理解は必要なことですし、「他人に興味がない」などと言ってはおられません。

相手理解ができるようになるには、「まず自分のことを知る」、「話しかけてみる」、「友達を見てみる」、「自分と共通のもの、違うものを見つける」、「決めつけない」と新人のときに教わるのですが、配属先の状況にもよりますが、なかなか実行できず、「相手理解」は進みません。もっともベテランの社員でも「相手理解」は難しい、というより、下手に実績が付くと、自分を変えられないので、新人よりも難しい人もいるかもしれません。

「先輩を観察する一日」は、電話応対、お客さまとの接遇、他部署との連携、上司への報告など、改めて観察すると、相手への思いやりで「自分なら・・・していないこと」「自分なら・・・こうしていたこと」を気づきとして書き留めてみる。要は、日ごろ自分が何気なく行っている所作、何気ない会話、自分が仕事に向かう姿勢と、先輩のそれとを比べてみることです。

翌日、研修会場に、先輩が見せた「相手理解」の具体的な項目を、みんなで持ち寄り、グループで話し合います。そこには、なぜそうなのか、それがないとどうなるか、など、深まった気づきが生まれます。そして、全体でまとめ上げた項目を、全員で共有すると共に、職場に戻って、ひとつでも多く実行することで、自分の社内外でのコミュニケーションが一段とレベルアップすることを祈念しています。

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2017年9月30日 (土)

内定式に思う

10月1日から、全国各地で内定式が行われます。弊社も、来年度の新卒採用で、営業や内務スタッフ、技術・研究職を合わせて前年を上回る人数を予定しているのですが、もちろん、確定しているわけではありません。内定式を行わない企業も多くありますし、内定式は必ずしも行わなくてもよいわけですが、企業によって、いろいろ事情があるようです。

内定式といっても、別に疑問を持たれない方も多いかと思いますが、そもそも企業側の都合からいうと、内定者を他の企業に取られないため、または内定辞退をされないための「囲い込み」の一環として行われている可能性が高いと考えられています。内定者の囲い込みというのは、企業によって、いろいろな方法をお持ちと思いますが、この内定式は、外せないようです。

人事の採用担当の人に聞いたのですが、学生さん側からすると、別に10月1日以降も就職活動をして、別の内定をもらって、それ以前の内定をもらった企業に内定を辞退するというのは、法律上の問題はないようです。内定式に出ると内定承諾書にサインさせられると、以降内定辞退はできなくなるなんてことはないみたいです。

ほとんどの企業が、この時期に、内定式を行って、あの手この手で、内定者の囲い込みを努力をされているわけですが、来年3月の時点までに、内定辞退されるリスクはついて回るので、さらに採用を続けて増減のバランスを取っていると言います。そして採用面接も、「相手理解」を念頭に、コミュニケーションを取るように心がけているとのこと。

具体的には、まずは「仲良くなる」こと、できるだけ、向こうから質問させること。そして採用担当者自身が自己開示をすることが重要だといいます。例えば、入社動機は向こうから聞きたいのなら、自分が入社した時の「入社動機」を自己開示すること。この会社の「何が好きなのか」「なぜ好きなのか」、「事業説明」「仕事説明」で終わらないようにしているとのこと。「風通しが良い」というなら、「どんな風に良いのか」具体的レベルで話す必要があるのです。

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2017年9月16日 (土)

講師とプログラム

弊社は、研修内容を決めるときは、まず研修プログラムありきで、研修会社や講師云々からは入りません。もっとも、その中で、講師の先生が良かったり、それを紹介してくれたベンダーさんが良かったりすると、その先生であれば、何をやっていただいても良いとか、そのベンダーさんに、他の研修プログラムの選定まで任せたりします。

それと最近分かったことですが、研修会社によって、講師とプログラムのマッチングが異なるシステムが2通りあるのです。1つは、自分で開発したプログラムを持つ講師を沢山抱えている研修会社です。このケースでは、弊社のようにプログラムありきの要望を出す場合もほとんど対応してくれます。もう一つは、その研修会社の代表が有するプログラムを、そのお弟子さんたちが、そのままそっくり自分のプログラムのように、講義される仕組みです。

大手の研修機関では、公開セミナーの講師陣を見ていると、一つのプログラムを多くの先生が担当されたりしています。よく聞くことですが、先生によって出来が違うということです。多分、そのプログラムを開発された先生ならいいが、他の先生では、その良さが見られないということでしょうか。上述のお弟子さんを抱える代表講師の場合、話し方も伝え方も、物まねのようにコピーするまで徹底的に教え込んであるから、大丈夫とのこと。

ただ、この場合、台本があって、ワークなどはマニュアルどおりにすることがルールになっているようです。たとえば休憩時間に音楽をかけることになっているとします。そのこと自体はいいのですが、それを置くスピーカーは教室の後ろに置くというように、位置まで指定されているのです。研修会場の形の都合で前に置いてもらいたいといっても、ルールだからと断られました。

それと、この会社では、受講生を指すときは、名前を呼んでからにすることになっています。そのために、座席表があっても受講生全員に卓上名札が必要で、その名前をみて、講師が「〇〇さんは、いかがですか」と呼びかけます。少ない人数では、名札の用意は可能ですが、50人以上のクラスでも、作成してほしいと言われます。この前は、朝スタート前に急に言われて、マーカーの用意がない状況で、60名もの名前を一人でその場で書かされました。

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2017年9月 2日 (土)

質問力の強化研修

「質問する」とは、どういうことでしょうか?一般的には、「分からないことを相手に訊ねること」ですが、仕事においては、「仕事の成果を出すために、必要な情報を、問いを通じて把握すること」になります。もっとも、職場指導員研修では、新人に「わかった?」と聞くと、必ず「わかりました」と答えが返って来ますので、「対象者に考えさせて、答えを出させること」にあります。

いつも質問する人を見ていますと、「わからないとき」はもちろんですが、「具体的にどういうことですか?」とか「○〇の場合は、どうなりますか?」と確認する形で問いただしています。説明会のプレゼンなどの終わりに、「なにか質問ありませんか?」と問いかけても、ほとんど質問がなかったりしますが、それは話し手も、聴き手も、「適当に流している」といわれそうです。

質問を引き出すのであれば、「質問ありませんか?」という単純な問いかけでなく「何か難しいと思われたことがありますか?」と具体的に問いかけた方が、聴き手にとって、「質問した方が自分にとってメリットがある」と思い起こさせることができるからです。よく「質問が出ないプレゼンは良くない」と言われますが、質問の引き出し方がまずいのかもしれません。

情報収集の全体像としては、「現状」を明らかにする質問で「具体的にどうなっているか」を把握します。さらに「それをどうしたいのか」ゴールを明らかにする質問になります。そして、「現状」と「ゴール」を太く短く結ぶために「どうするのか」施策を明らかにする質問になります。もうお分かりかもしれませんが、質問力の強化は、スキルでなく内容なのです。

講師の先生の中には、質問力というと、すぐに答えられる「限定質問」と、考えて答える「拡大質問」だけを教えて終わり、という方もいらっしゃいます。また、「聞き方」「聴き方」と「訊き方」の違いを説明して終わり、言う方もおられます。ご存知でしょうか、研修やミーティングで得られるのは「知識」であって、それを現場で使わないかぎり「経験」にはならず、行動を促すようなワークをやれない限り、「質問力の強化」研修にはならないのです。

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2017年8月19日 (土)

ご配慮ありがとうございます

新人研修や彼らの職場指導するメンター研修などで、気を付けていることの一つに、「教えすぎないこと」があります。ネット時代に育ってきた彼らは、通常の社会生活の中で、分からないことがあると、即スマホで検索、一発回答が得られます。学生時代のアルバイトも、ほとんどはマニュアルのある作業を与えられることが多く、それが仕事だと思っている人が少なくありません。

会社の仕事は、マニュアルのある仕事で徹底的に教え込む仕事と、マニュアルがなく考えて仕事をしてもらうため決まった解がない仕事に分かれます。先輩に聞いても教えてくれないので、戸惑いが生じたりします。そんな彼らのために、配属先での仕事の様子や難しさを感じている問題があれば、配属後、半年たってからのフォローアップ研修でクリアにしてもらいます。

「ご配慮ありがとうございます」という言葉は、恒例のフォローアップ研修のオリエンテーションで、新人の質問に答える弊方の担当者の第一声でした。具体的には、これから行われるフォロー研修が、テーマによりクラスが分れ、ワールドカフェ形式で、時間ごとに移動するタイムスケジュールについて、「いろいろの部署の新人を振り分けて、順次回していくのが、時間通り、できないではないか」という新人からの疑問点でした。

「ご配慮ありがとうございます」は、何年もこの研修を担当しているベテランが、入社1年目の新人にいう言葉としては丁寧すぎると思われるかもしれませんが、「大丈夫です。何年もこの研修を行っていて、問題なくやれています。」と、即答しないところに意味があるのです。まず、相手に敬意を払いながら、具体的になぜ問題があると考えたのか、質問しながら、他の新人たちと疑問を共有して、みんなに考える時間を与えたのです。

最終的には、「大丈夫です。問題なくやれます。」という答えだったのですが、「ご配慮ありがとうございます」という丁寧な言葉使いには、新人とはいえ、大人扱いをしているつもりでいるのです。現に、このフォロー研修が終わり現場に戻った彼らは、新人扱いされることなく、「大人扱い」されて、立派なチーム一員として活躍してほしいからです。

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2017年8月 5日 (土)

当事者意識のない人

当事者意識とは、その言葉のままですが、言葉でいうほどその意識を持つことは簡単ではありません。新入社員研修では、学生から社会人になる意識の持ち方の違いを、仕事人の役割として説明することで、当人たちに当事者意識を持たせることはできます。しかし、二年目、三年目になるにつれ、与えられた仕事なり、雑用なりが自分の仕事だと思っていない人が出てきます。

具体的には、その仕事は上司の仕事であって、それを手伝っているという意識しか持たない人で、あえて意識して当事者意識が薄いのか、無意識に薄いのかは分かりませんが、実際にその仕事に関わっているのに、まるで他人事のような振る舞いや発言をする人がいます。環境がそうさせてしまったこともありますし、そもそもそういう人だったのかもしれません。

当事者意識を持てない人に共通しているのは「責任から逃れようとしている」ことです。そして、責任を追及されると、例外なく「自分には関係ないと思った」「知らなかった」など言い訳をします。部下がどんなに優れた能力を持っていても、問題意識に乏しく、当事者意識を持ちたがらないなら、結果としてその人は能力を発揮していないことになります。こんな人がリーダーになったら、部下はたまったものではありません。

管理職候補の研修で「こんな上司になりたくない」を反面教師とて上げてもらうと、「肝心なところで逃げる」「責任をとろうとしない」が上位を占めます。明らかに当事者なのに「知らない!」「関係ない!」と言い張り、責任をとろうとしない、というのです。「責任をとろうとしない」というより、本気で「自分は悪くない!」と思っているから始末に負えないのです。

当事者意識は、英語では「Sense of Ownership」というそうですが、「当事者意識を持ってほしい」と感じるとき、その「当事者意識」は「オーナーシップ」と言い換えることができるかもしれません。オーナーシップとは、自分の担当する仕事を、命じられたからやるという消極的な向き合い方ではなく、自分自身の課題として主体性をもって取り組む姿勢をいいます。「当事者意識を持て」というより「オーナーシップを持たせる」方が早道なのかもしれません。

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2017年7月22日 (土)

窓から飛び降りなさい

これは埼玉県の所沢市立小学校の男性教諭が、担当する4年生のクラスで、ほかの児童ともめた男子児童を指導する際に言ったとテレビで伝えられたびっくりニュースです。市教委の発表によると、「窓から飛び降りなさい」、「明日からはくるな」などと迫ったほか、全34人のクラスに「明日からは33人でやっていこう」と発言したというのです。

このところ、お茶の間は、加計学園問題や、大臣などの不用意な発言のニュースで、与野党の攻防の様子が報じられていて、このような学校での不祥事は、かすんでしまいます。マスコミの報道は、毎日のように報じられる、政府寄りのチャネルとそうではない反政府報道の両方を比較することで、私たちは、おおよそのことは理解できるのですが・・・。

男性教諭と同校長は事実関係を認め、保護者らに謝罪する一方、学校側は、男性教諭と児童を当面、接触させない措置をとりつつ、全校児童に説明するほか、「心のアンケート」を実施し、全児童への心のケアを行う予定とのことです。市教委は、たいしたコメントもなく、「誠に遺憾」としながら、さらに詳しく調べる方針だそうです。

嘘をついているかもしれない官邸、証拠資料を隠したがる官僚かも知れませんが、今回も教育の現場では、「誠に遺憾」というだけで他人事(ひとごと)の教育委員会、いわれたから謝罪した、事なかれ主義の学校側という構図は、相変わらずで、どこか可笑しい、思いながらも、そのままやり過ごす当事者意識が薄い私たちがそこにいます。

いじめ問題も含め、このような学校の不祥事は、ことが起きるたびにニュースとして取り上げられるのですが、これらは一部の学校で、いじめのない学校、不祥事のない学校は沢山あると思います。熱血漢の先生、クラス全員に慕われる先生、授業をアイデアで生徒を巻き込む先生、などなど、これらのニュースを日ごろから流してくれるマスコミ媒体はないのでしょうか?

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2017年7月 8日 (土)

リーダーの育成

リーダーの役割は、よくPM理論とSL理論の対比で、いろいろ言及されます。ただ、集団活動においてはP(目標達成のパフォーマンス)とM(組織のメンテナンス)につきるのですが、こと人材育成にあっては、「部下の成熟度によってリーダーシップの取り方が異なる(SL)」という考え方が近しいのかもしれません。PMにE(教育する)を加えてPMEモデルとして、人材育成の重要性を説かれる先生もおられます。

「部下や後輩を育てる」というテーマでの研修では、リーダーシップの強いリーダーほど、仕事の振り方が、属人的であったりします。コミットする意思と能力の高い人を好んで登用するのか、当然、部内での仕事の偏りが生じたりします。仕事を遂行するための教育や経験から選んでいるようで、できない人に頼むより「自分でやってしまう方が早い」といった、まったく人を育てる必要を感じていないように見受けられます。

後輩を育てるといえば、新人の受け入れをするメンター(チューター)の場合、誰を指導するのかはっきりしていて、2人体制であろうと、1対1であろうと、自分の仕事をこなしながら、時間をつくり、職場指導をします。もちろん、育成期間が1年とか比較的短いこともありますが、新人を一人前に育て上げるのです。これに比べて部下を育てるマネージャーとなると、誰を、いつまでに、どのように育てるのか、決まったものがありません。

自分のチーム内で、仕事の偏りを少なくすること、個々人の仕事のレベルを上げるための育成ですが、まずは「仕事を任せる」ことができているか。その仕事を理解してもらうために、自分の仕事を見せ、一緒に仕事をして、一人でやらせて見守り、評価をして、動機づけをする。これだけ力を注ぐ時間があるのか。なければ時間をつくれるのか。時間がない、という御仁は、部下の育成は急務でない、ということでしょうか?

時間をつくるためには、いつも自分の仕事の時間活用が必要です。特に、「緊急でないが重要」な仕事を優先的に考えること。さらに「重要でもなく、緊急でない」仕事は、やるべき仕事ではなく、やめるべき仕事である、と心得ること。そうでないと、いつまでたっても時間などつくることはできないと思います。

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2017年6月25日 (日)

タイムマネジメント

タイムマネジメントといえば「時間管理」と訳されていることが多いと思いますが、実際、時間というものは管理できるものではありません。マネジメントというと、「チームマネジメント」「プロジェクトマネジメント」「リスクマネジメント」もそうですが、どれ一つとっても「マネジメント=管理」では間違った捉え方になります。

もともとManagement(マネジメント)という名詞が、Manage(マネージ)という「取り扱う、上手な処理を行う、何とかする」動詞からきているとすれば、「管理」というより、むしろ「有効に活用する」ということでしょうか。それであるなら、「ボスマネジメント」「コストマネジメント」「ストレスマネジメント」という表現も、何となくわかるような気がします。

さて、タイムマネジメントに話を戻しますと、その目的は「時間を管理する」のではなく、「時間を作り出す」ことにあります。それも、自己啓発のように、その狙いは「自分のために」というのと、人材育成のように「人のために」いう二通りの場面があります。業務遂行で「チームのために」というのもあります。ただ、そのゴールの認識は、人によって異なり、仕事上においては、そのゴールイメージができていないと、「時間を作り出す」必要性をあまり感じなくなります。

具体的には、自己啓発であれ、業務遂行であれ、いかに現状を把握しているか、そしてゴール(あるべき姿)をイメージできているかが重要になります。たとえば、人材育成なら、「誰を、いつまでに、どのレベルに引き上げたいか、という具体的なイメージができていなければ、「時間を作り出す」作業は、あいまいになってしまいます。人材育成の必要性は分かっていても、いつも業務遂行が優先され、育成に関われないのは、そのためではないでしょうか。

いままでタイムマネジメントの研修を行ってきましたが、そのあと実際の業務に活かすために大切なことは、一つは、優先順位の第二領域(緊急でないが重要)のために時間をつくることで第一領域(緊急で且つ重要)の項目を減らせること、二つは、第四領域(緊急でなく、重要でない)事項は、「やること」でなく「やめること」「手放すこと」を決めることだと思います。

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2017年6月10日 (土)

忖度する

ここ数日のテレビでのニュースを見ていると、「忖度(そんたく)する」という言葉が、よく使われています。意味合いとしては、辞書にある通り、「他人の心を推しはかること」で、「相手の真意を忖度する」といった使い方があります。太宰治の代表作「晩年」の一節にもこの言葉がでてきますが、もともと、ニュアンス的には、「善意」の行為であるのに、政治の世界で主に使われる言葉のイメージは、「悪い」忖度がすっかり定着してしまいました。

忖度の同義語としてよく挙げられるのが「斟酌(しんしゃく)」です。斟酌の意味としては、「相手の事情や心情をくみとる事、またくみ取って手加減する事」で、違いとしては忖度は「相手の気持ちを(自分なりに)考察すること」であり、斟酌は「(事実としてあることに対し)相手の事情をくみとる」ということで、政治の世界では、この「斟酌」の方が合っているのかも知れません。

他人の心を推しはかる文化は、日本特有のものかも知れませんが、「忖度」という言葉は、中国の古代の昔からあったようで、「人の考えを推し量り、自分が不利益を被らないようにする保身的行為」といった意味だそうです。日本では特に、自分より上位の者の心情・立場などを考慮して、その者に良いようにふるまうことが慣例・文化としてとらえられる場合もあります。

こう言われてみると、国会の答弁で、どんなに厳しい質問の矢面に立っても、まともな回答をしないで、「言わされている」というのが見え見えであっても、紋切り口調の当事者。学校のいじめ問題で、文科省の思惑を「忖度して」、親御さんからの面会を拒否し続けてきたのに、上からの反故にするお達しがあった途端に、のこのこと親御さんに謝罪に出向く、無表情の教育委員会の責任者。子供たちには、どう映ったのでしょうか?

研修では、「相手の気持ちを(自分なりに)察すること」が必要とされるときの表現は、通常は「相手理解」であり、時として「共感」であったりします。忖度とか斟酌は聞いたことがありません。いまの政治では、重要な決定が、合意的にではなく、政治的な忖度や斟酌によって決定されたり、重要な人選が、実力によってではなく、人脈的な忖度や斟酌によって選定される、そういったことが、大企業や大学などの法人にも蔓延しないことを願うばかりです。

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