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2015年7月25日 (土)

チームとしての人材育成プラン

今年から新しい取り組みとして、全社的に「人材育成」をテーマで、主だったリーダークラスに、職場での後輩指導の仕組みを推し進めることになりました。というのは、いままで新人に対する職場指導は、チューターをつけることで、1年間を目処にOJT研修を実施してきましたが、チューターの上司を巻き込んでの職場指導が十分に行えていなかったためです。

新人の職場指導は、ここ数年、先輩に指導を受けた新卒社員が、翌年、新しく入社してくる新人に対しチューターを務めることで、ほぼ、その仕組みが整ってきました。通常、新人とチューターは1対1ですが、チューターのOJT研修には、今後、採用が増えると思われる部署からも、その他にサブとして、1名余分に受講してもらい、事前準備をしてきたことも良かったようです。

ただ、いままでチューターの経験のないリーダークラスを集めて、新人のチューターに対する理解を深める研修となると、結構、難しいものがあります。特にリーダークラスの人は、チームをまとめ、与えられた目標に向かい、それなりに仕事ができる人で、その分、人材育成も仕事を通じて行ってきたという、強い自負があります。しかしながら、それは、チーム全体に言えても、ここに対する目配りができていたとは限らないといえます。

それが証拠に、職場全体の人材育成プランを書かせると、個々人に対して、具体的なプランでなく、「何を、いつまでに」といった数値目標が入っていないのです。それは、彼らがチームのメンバーを指導してきたといっても、こと人材育成においては、その場その場の指導で、はっきりいって「行き当たりばったり」の指導で、事前に「計画性をもった」育成プランにもとづいた指導ではなかったからです。

売上目標とか、業務におけるチームの目指す具体的な数字には、こだわりをもって、チームを引き上げてくれてはいるのですが、こと人材育成となると、同じことができていないのです。
もちらん、悪いのは彼らでだけでなく、私たち人材開発の担当部署が、その仕組みづくりを怠ってきたことにも大きな要因があると思われます。これからは、「業務」と「育成」を分けて、このような研修の機会を多く設けていくことになるでしょう。

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2015年7月18日 (土)

態度の類似性

「二人でコミュニケーションをとりながら、2分間で、できるだけ沢山、二人の共通点を探してください」という演習は、新人を預かる職場指導員対象の研修時に、アイスブレークとして使われる題材です。対話の少ない新人とのコミュニケーションをとるのに有効な手段に一つとして推奨されるもので、心理学的には「態度の類似性」といって、出身地や趣味、食べ物など、「自分と似ている人、共通点の多い人に人間は好意を抱く」というものです。

「態度の類似性」という理論は、社会心理学者バーンが提唱したもので、人間は、同じ趣味や価値観、似た動作などで相手に好意を持ちやすい傾向があるということで、自分の好きな服装や好みの異性のタイプ、好きな芸能人やアイドルなど類似性が多ければ多いほど、味方、仲間、友だちとして本能の心理で判断されるのです。同じ趣味、同じゲームやスポーツをしていれば、それだけで仲よくなれる理由として挙げられます。

なぜ、態度の類似性が行為に結びつくかというと、同じ態度の人からは、強い支持や共感、是認が得られるからだといいます。誰しも、自分の考え方や意見などが「正しい」と思いたがっていて、友人など他の人の意見が自分の意見に一致したり、同意してくれたり した場合、自分の意見が「正しい」と判断してしまいます。すなわち、他人との意見の一致や他人の同意は、自分の意見の正しさを裏付ける証拠と考えるのです。

普通、人間関係の中で、話が会う人には好意を持ち、話が会わない人とは あまり深い関係とはなりません。これは「態度(意見)の類似性」の割合が高いほど 、簡単に言うと、似ている態度(意見)が多いほど、好意も大きくなるということです。それが希少であればあるだけ好意度も高まるわけです。

ですから、ペアワークなどの演習では、前もって「二人だけの共通点」を見出すよう、示唆しておく必要があります。「多ければ多いほどよい」というので、「同性ある」とか「同じ会社にいる」などをカウントさせる講師もいらっしゃいますが、それは、「二人だけの共通点」とは言えません。むしろ、「二人だけの共通点」が少なくても、それを深堀りすることで、より具体的な価値観が見いだせることを念頭において欲しいものです。

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2015年7月 4日 (土)

得意淡然、失意泰然

座右の銘は、「常に身近に備えて戒めとする格言(広辞苑)」のことですが、人は喜怒哀楽の情動に支配される生き物とされ、これを心に留めておくと、自分の行動をコントロールできると言われています。歴史の中の名言にも、仕事や人間関係に役立つ格言が沢山ありますが、私は、自分を磨く言葉として「得意淡然、失意泰然」というのが好きです。

これは、「物事がうまくいっている時には、淡々とふるまい、逆に失意の時には、ゆったりと構えるべきである」という意ですが、中国の明時代に崔後渠(さいこうきょ)という人が書いた『六然(りくぜん)』から引用されているようです。 六然(=自處超然、處人藹然、有事斬然、無事澄然、得意澹然、失意泰然)は、幕末の勝海舟や陽明学者の安岡正篤も愛用したことでも知られています。

この「得意淡然、失意泰然」は、任天堂の岩田社長(「失意泰然、得意冷然」)はじめ、多くの偉い方が座右の銘にされていますが、私のような未熟者の場合、うまく行った時は、ついつい有頂天になり、悪い時には落胆して挫折を味わうというパターンの繰り返しです。そして、どちらかというと、得意な時に淡然と振る舞うことはさほど難しくはありませんが、失意の時に泰然と振る舞うことは簡単ではありません。

ただ、この「得意」と「失意」の場面を切り離して考えるのではなく、「禍福は糾える(あざなえる)縄のごとし 」の喩えよろしく、「物事がうまくいかなくなっても、あせらず、落ち着いて、時節の到来を持つべきだ。うまくいく得意の時代には、おごらず、つつましい態度で当たるべきだ。」と解釈すれば、少し気が楽になります。その意味では、「得意淡然、失意泰然」より、「失意泰然、得意淡然」の方が、運用しやすいのかもしれません。

英語で、これに似た格言として「Of thy sorrow be not too sad, of thy joy be not too glad.(悲しみをあまり悲しむな、喜びをあまり喜ぶな)」というのがあります。「良いことと悪いことは、より合わせた縄のように表裏一体であり、一時の幸・不幸に、深く一喜一憂しても仕方がない」ということでしょうか。

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