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2013年6月29日 (土)

水彩スケッチ

予備校のCMに登場する「いつやるか。今でしょ!」で名を馳せた林修先生もそうですが、人気講師というのは、その授業の内容とはかけ離れた話をしてくれます。私も昔、予備校に通っていたとき、同じ現代文の先生が、人生論めいた話ばかりしていましたが、塾で一番の人気講師でした。

きょうは、スケッチに新宿御苑に出かけました。かなり大勢のグループで元イラストレーターの人気講師の先生についていきました。この先生は絵も上手ですが、話がとても面白く、多少でも絵心のある人にとっては、学ぶものの考え方に共感するものがあるから、みんな付いてくるのだと思います。

ご存知かと思いますが、水彩画は色づけで絵を仕上げて行くのですが、スケッチ画は線で仕上げるといいます。その線もできるだけ長い線で書くように言われます。勢いをつけるためで、「下書きもしない、構図を決めない、(消しゴムで)線を消さない」、が上達の決め手だそうです。

野外授業では、めいめいが自分の描きたい場所を見つけ、その場で見る「情報」を「思い」をもって描くのです。先生に言わせると、私たちは、「うまく描くために来ている」のではなく、「いい絵を描くための勉強に来ている」のあり、学ぶポイントが見つかれば、それでOK。絵なんて、誰でも描いているうちに「うまく描けるように」なるとのこと。

考えてみれば、私たちの研修の場も、学芸会ではありませんので、その場でいくらワークが出来たとしても、気づきや学ぶポイントを見つけて帰らねば、参加した意味がありません。たとえばプレゼンテーション研修などで、日頃の腕前を他の人に見せつけても、それは本人の自己満足に過ぎないのではないでしょうか?

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2013年6月22日 (土)

親の顔が見たい?

知り合いの外部講師の先生が最近のブログで「駅に電車が到着してから、おもむろに降りる支度を始めて降りて行く乗客が多い気がしませんか?子供の頃から、駅に到着する前には扉付近まで行って、扉が開いたらスムーズに乗降するのがマナーだと教えられて来た私には違和感があります。」と書いておられました。

これは学生さんなど、若い人に多いのですが、たぶん乗合バスの「危険ですから、停まってからお立ち下さい。」いうのを勘違いしているのかも知れません。いずれにしても周りの迷惑を考えない「自分勝手な人」と思われても仕方ありませんが、通勤途中では、このような「自分最適」な人が、あちこちで見受けられます。

たとえば、駅のごみ箱に家庭のごみを持ち込む人、喫煙コーナーのスタンドにタバコの空箱を置き去りにする人、お年寄りを差し置いて我先に席を奪い合う若い人、通勤時間帯の混雑中に柄の長いローラーバッグを引きずっている人、変に二人分のスペースをとって平気で座っている人、車中で髪の毛を梳いてパラパラと床に捨てる人、など、枚挙に事欠きません。

ルールなら罰則もありますが、マナー違反は、「周りの人が見えない人」にとっては、「自己最適」とか「社会最適」の区別がわからず、「相手理解」など考えたことがない人たちが犯す過ちです。このようなマナーや躾のよくない人をみると、つい私たちは「親の顔を見たい」と云ったりしますが、核家族など、昭和の生活感が変わったこともあり、その表現自体も通じなくなりつつあります。

若い人に言わせると「親の顔を見てみたい」というのは、悪い意味もあるが、「美人姉妹の親の顔を見てみたい」といった、いい意味にも使われているとのこと。「尻を叩く」というのも、本当に「その人のお尻を叩く」と思っていたという笑い話があるくらいで、「親の顔を見たい」というのは、ほとんど死語になってしまいました。

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2013年6月15日 (土)

乗りがいいのは関西?

大阪に行って、公園で遊んでいる見ず知らずの子供に、「ばぁ~ん!」と手でピストルを撃つ真似をすると、相手かまわず子供は、「やられた!」と倒れるポーズをとってくれます。本当かどうか、関西では、犬を目がけて「ばぁ~ん!」とやっても、犬が打たれたポーズをとるという話も聞きます。

これは、吉本喜劇の影響でしょうか、大阪人は、いつも人を喜ばすことを考えていて、ウケをねらうというか、サービス精神が旺盛のようです。堅くるしい研修などでは、このような面白い「乗りのいい」タイプの人がいると、場の盛り上がりがよくなり、講師の先生は、研修を楽に進められるので、やりやすいといわれます。

ただ、最近の傾向として、必ずしも「乗りのいい人」は関西に限ったことではなくなってきているように思います。言葉遣いもそうですが、最近の若い人は、吸収力が高いこともあり、全国的に標準化してきていて、地域性がなくなりつつあります。これも、テレビなど情報の共有の所為なのでしょうか?

しかし、「標準化」は非常に結構なのですが、新人研修などでは、このような「面白い人」が少なくなっているように感じます。みんな礼儀ただしく優秀なのですが、なにか画一的で、個性が見られないというか、性格的に秀でた人が見当たらないのは、ちょっと寂しい気がします。

採用の方で、このような標準化した人ばかりを採っているとは思えませんし、研修の講師の先生に聞いても、「年々、大人しくなってきている」といわれます。とくに「型に嵌らない人」が欲しいわけではありませんが、中には一人ぐらい、そのような型破りの人がいてもいいように思うのです。

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2013年6月 8日 (土)

女性リーダーの覚悟

この前、安倍首相が成長戦略について記者会見で、「成長戦略の中核」は女性活躍であり、女性活躍とグローバル化が、日本の潜在成長率を高めていき、女性活躍の具体策としては、待機児童ゼロや育児休業期間延長など、発表されていました。

これらの政策については既に新聞でも報じられていて、最近は、「女性の活用」に積極的な企業が増えているとか、女性の管理職比率を高めるだけでなく、役員への登用も目立ってきた、といった記事が踊っています。

時代とともに女性の生き方、働き方も変わってきて、高度成長時代の女性は「企業戦士」支えるという生き方から、いまや男女共同参画で、女性も「社会を直接支える」ことが期待されるようになりました。

だからといって、自動的に「女性の登用」が進むわけでなく、女子学生の就業力が高まるわけでもありません。「女性の登用」の推進には、女性自身が現在の環境を十分認識して、就業力だけでなく、男性とは異なるキャリアビジョンを描き、実行できる力を備えていく必要があります。

女性管理職が少ない現状では、「自分の目標」となるロールモデルや指導してくれるチューターが身近にいない状況にありますので、リーダーを目指す女性には、かなりの覚悟が求められます。具体的には、「一生、働き続ける」という覚悟です。

「働きつづけたい・・・」が、結婚、出産、育児で退職するのではなく、仕事か家庭か、キャリアか育児か、自分にとってもっとも重要なことを見極め、自分が目指すキャリアを実現してほしいと思います。私たちは、そのような女性を応援しています。

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2013年6月 1日 (土)

相手理解とコミュニケーション

コミュニケーションで大切なことは、相手を「理解すること」から始まり、お互いに「理解し合うこと」なのですが、多くの人は、コミュニケーションは単に相手に「伝えること」だと思いがちです。相手のことを考えず、ただ「うまく話そう」とか「上手に伝えよう」と思うだけでは、相手の理解を得るのは難しいと思います。

このような人は、コミュニケーションを図ろうとしていながら、自分が「発信する」ことがコミュニケーションと思い込んでいるのですから、たいていの場合、相手の話を聞くことをおざなりにしています。「相手理解」というのは、相手が「自分のことを本当に理解してくれていると感じられる」ときの状態ではないでしょうか?

「相手理解」は、まず「聴くこと」からと研修で教えています。確かに、相手を知るためには、相手の話を「じっくり聴く」という姿勢が大切です。それには、「うなずき・あいづち・繰り返し」といった「傾聴スキル」も必要ですが、相手の話に耳を傾け、相手の歩み寄るために、さらに重要なことは、お互いの心が通じ合う「共感」ゾーン」を見出すことを意識して臨むことでしょう。

それと案外できていないのが、自分とのコミュニケーションです。相手を理解するために、相手の話に耳を傾け、相手の気持ちに深く共感していくのですが、多くの場合、コミュニケーションといえば「他者とのコミュニケーション」を指しています。

人とのコミュニケーションがうまくいかないとき、意外にも自分とのコミュニケーションがうまくいっていないから、人に伝えることが出来ないことも多くあります。自分とのコミュニケーションは「自分自身を理解する」ということだと思います。エコグラム等で、自身のコミュニケーション傾向を認識したうえで、相手にメッセージを届けることも必要ではないでしょうか?

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