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2012年12月 8日 (土)

うざい上司の説教

最近の若者の会話を聞いていると「説教」という言葉がよく出てきます。「きょうも上司から説教をくらった」というのがそれですが、たとえば、報告が遅れたとか、正しい手順で仕事をしていなかった、とか悪いことをしたのは分かってはいるのですが、ついつい上司を悪者にして「うざい」という表現になったりします。

上司としては、本人のために「よかれ」と思って「叱って」いるのでしょうが、受け手の方は、「叱られている」という意識がなく、すべて「説教された」という感覚に陥っているのは、どうしたことでしょう。

もともと「説教」という語義は、「誰かに教え・考えを解くこと」で、説教する側は宗教の牧師や司祭、和尚や僧侶など。説教というものは、本来「ありがたいお言葉」で教訓的なものなのですが、これがあまりに長すぎる時は説教する側が伝えたいことを要約できていないのかもしれません。 いつの間にか説教のはずが、小言または単なる愚痴になっているのもよくある話です。

件の若者たちの会話にでてくる「うざい上司の説教」は、「長い」という言葉が後についてきます。「なんていたって長いんだから!」というのが、彼らの嫌うところのようです。上司は「叱っている」つもりが、相手が反論してこないのをいいことに、「くどくど」と話していると、それは、いつの間にか「説教」になっているのではないでしょうか?

とはいえ、言われる側に何かしらの非があったからこそ、その人は説教されているはずです。「ありがたいお言葉」はしっかり噛みしめて、十分に反省してもらいたいのですが、一見「相手が反論してこない」というのは、往々にして、説教を垂れている人が、ご自分の「価値観」を一方的に押し付けているから、相手が納得していないのではないでしょうか?

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