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2012年9月29日 (土)

卒業写真

卒業写真といえば、荒井由実の代表的なヒット曲、と決まっていますが、きょうは、日本と外国の卒業写真の違いのお話です。ただ、日本の卒業写真は、ほとんど集合写真で、全員がかしこまって映っています。ところが、欧米での卒業式は、趣旨が違うのか、イベントで盛り上がった会場のスナップ写真ばかりです。

前に、話題になったアップルの故スティーブ・ジョブスのスタンフォード大学での卒業式のスピーチのときの映像でもお分かりのように、たくさん集まっているものの、角帽とガウン姿の一人ひとりの映像はあるのですが、集合写真はありません。そして日本と違って、みんな笑顔で映っているのです。

卒業式は、学ぶべき過程を全て終了したことを認定し、そのお祝いをする式典ですが、卒業という言葉の意味が、日本と欧米では違うように思います。一般的に卒業と言えば「Graduation」(終える)ですが、欧米では、「Commencement」(始まり=語源はラテン語)が使われます。新しい一歩を踏み出す卒業生に「新たな始まり」という言葉で、祝福するのです。

英語圏では最古の歴史を誇るイギリスのオックスフォード大学の卒業式は、イギリス国家斉唱後、学長が厳かに開会を宣言し、ラテン語で式典が行われると聞いています。アメリカで最も古いリベラル・アーツ・カレッジのハーバード大学でも、ラテン語も交え伝統にのっとった卒業式で、「新たな始まり」のお祝いのイベントです。

同大学の場合は、中退したビル・ゲイツや、ハリボタの作者J.K.ローリングなど、ゲストスピーカーも話題で、卒業式には3万人を超える観客が押し寄せるといいます。留学のご経験のある方は、ご存じでしょうが、どの大学でも、式典の檀上はパフォーマンス化し、待っている学生の間ではWAVEが始まり、まるでお祭り気分です。

それでも、卒業生は、笑顔に笑顔です。日本の卒業写真に写る私たちに笑顔がないのは、この「終わり」と「始まり」の違いにあるのでしょうか?

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2012年9月22日 (土)

人前で手を組まない

手は前で組みますか?それとも後ろで組みますか?これは、初めてプレゼンテーションをされる方への質問ですが、講師の先生は、未経験の受講生に対して、その人の今までの習慣を意識して、順序立てて、指導されるときのやりとりです。

これを、いきなり「プレゼンテーションするときは、人前で手を組まない」といっても、受講生は、そのことばかりを気にするあまり、話し方や、ジェスチャーがお留守になり、研修の効果が上がらないと思います。

受講生から、なぜ、後ろで組まない方がよいのか、という質問に対しては、後ろで組むと、どうしても腰を押し出すような姿勢になり、相手から見ると、偉そうに、ふんぞり返っているように見えるかだ、と諭していきます。

もともと、日本人は、お客様をお迎えするときや、お見送りするときは、手を前で組むことが、礼儀正しいととだと教わってきました。前で手を重ねて組む、というのは、相手に「敵意がない」ということを表わします。武道では、初めの挨拶のときに、効き腕でない方の手を上に重ねるといいます。

テレビの報道番組でも、女性のアナウンサーは、すべてこのスタイルですが、ときどき、手の動きが入りますので、違和感はありません。ただ、これは、日本に限ったことであり、海外のメディアに登場するキャスターは、手を組むという習慣がありませんので、むしろ、プレゼンターそのものです。

大勢の前でのスピーチやプレゼンテーションの場合は、こちらの意思を伝えて、聴衆に納得してもらう必要があるので、手を組んだままで、留まっているわけにはいきません。郵政民営化選挙のとき登場した小泉純一郎元首相が、劇場型といわれたのも、このスタイルがうけたのでしょう。

「人前で手を組まない」といっても、時と場合によりけりで、一概に言い切れないのではないでしょうか?

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2012年9月15日 (土)

プレゼンテーションで意識すること

プレゼンテーションで意識したいことは、伝える人の「伝えたい内容」が、受け取る人にとって「伝わる内容」が同じではない、ということです。こんなに一生懸命、手振り身振りを交えて伝えたのに、結果として相手に伝わっていない、ということがあります。

伝える人は、相手に伝えたいことを、自分の頭の中で「翻訳」して、プレゼンテーションなどでは、表現手段や伝達媒体を使って、相手にメッセージを送ります。一方、受け手の方も、そのメッセージを、その人の頭の中で「解釈」して、理解した上で、納得できれば、行動を起こそうとします。

ところが、伝え手の「翻訳ロジック」と受け手の「解釈ロジック」は、みんな同じとは限らないのです。そもそも自分の伝えたい内容を100%翻訳して言葉に置き換えること自体、難しく、通常80%表に出せれば良い方ではないでしょうか?さらに、こちらの意図するところが、うまく表現できなくて、半分しか伝わらない場合、「伝えたい」内容は、40%しか届かず、行動を起こしてもらうとなると、さらにその数値は下がります。

プレゼンテーションは、いまやビジネスにおいて、必要不可欠のコミュニケーション手段となっていますが、相手に行動を起こしてもらうのが目的であるなら、「伝えたい内容」と「伝わる内容」は同じでないことを前提に、話を組み立てるべきと思います。

それには、単に、デリバリー技術に秀でているだけでは、「伝えること」はできても「伝わること」ができません。文章構築力・論理力のロジック、図解力・構成力のデザイン、見せ方・話し方のデリバリー技術の3拍子が揃ってこそ、すぐれたプレゼンターと呼べるのではないでしょうか?

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2012年9月 8日 (土)

新人研修?

前に「教育と研修の違い」について書きました。語彙的には、教育は「教え、育むこと」、研修は「研いで、修めること」で、さらに、教育は「教える側の責任」、研修は「教わる側の責任」だったと思います。

内定式を10月に控え、そろそろ入社の受け入れ準備が始まりますが、入社式の後から始まる「導入研修」も、人材育成の観点からすると、新人研修ではなく、新人教育といった方が、意味合いがはっきりするような気がします。

新入社員を受け入れてから、形だけの「研修」を行い、あとは現場でのOJTに任せるのではなく、半年あるいは1年後のフォロー研修で集め、2~3年は、教育部署が何らかの形でかかわります。これらはすべて「教えて、育むこと」の一環です。

この時期、外部の教育機関や研修会社から、4月の「新入社員研修」の案内が、私たちの担当部署宛てに数多く届きます。内容を見ていると、新人教育の一環としての新入社員研修と捉えてくれているならまだしも、新人の教育について、なにも触れていないで、新入社員「研修」一点張りの研修会社のものもあります。

そのような研修会社は、教育は「教えて、育てる」のだから、「教えること」のお手伝いができます、というのでしょうが、なにか、若手社員や中堅社員に対する「自分自身のスキルや能力などを鍛えて磨きをかける」研修と同じ趣旨で、新人教育を考えておられるようで、ちょっとさびしい気がします。

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2012年9月 1日 (土)

人材と人財

人材開発の仕事に携わっていて、「人財」という表現を他社さんが使っているのを見かけます。何となく「人を大事に扱おうとしているんだなあ~」くらいにしか思っていませんでした。辞書を調べても、「人材」はありますが、「人財」という漢字は見当たりませんが、最近は、新聞などでも「人材」の代わりに「人財」という漢字を当てることが多いように思います。

「人材と人財の違い」をネットで検索してみると、いろんな人が、思い思いに分類されています。おおむね、「人材」は、一般的な表記で、企業活動上での人的な「材料」との考えを示したもので、「人財」は、技能等を習得し、長期にわたり企業を支え、利益をもたらしてきた人のこと、のようです。

中には、『「その仕事はあなたでしかできないね!」と言われる人は、代替がきかないゆえに「人財」である。逆に「その仕事はあなたがやっても、ほかの人がやっても同じ」と言われてしまう人は、代替がきくゆえに「人材」なのだ。』というのもありました。

初出はよくわかりませんが、人材関連のビジネス書やコラムをみていると、“実績” を横軸に、 “将来性” を縦軸にとって 「人財」 「人材」 「人在」 「人罪」 の4分類が登場します。仕事に関する姿勢として、その人の価値を表現したものですが、ちなみに、ここでは「人在」とは、実績はあるけど、それ以上の成長が見込めない人、「人罪」は、実績もないし、成長も期待できない人で、企業的にはお荷物の人、とあります。

しかし、採用した人を、このように分類するのは、如何なものかと思います。前にも書きましたが、教育とは、「教えて、育てる」のではなく、「育ててから、教える」ものだと思っています。この観点からいうと、育てることを怠った「人罪」はありえません。強いて言うなら、「人材」を育てて、実績ができた場合に「人財」になり、その人が体力や精神力の限界にきて、初めて「人在」になるのではないでしょうか?

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