« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

2012年2月27日 (月)

断捨離に学ぶ

今、「断捨離」という考え方が注目されていて、書店には数多くの「断捨離」本が並んでいます。「断捨離」は、その提唱者・やましたひでこさんによれば、ヨガの「断業」、「捨行」、「離行」という考え方を応用、不要なモノを断ち、捨てることで、モノへの執着から離れ、身軽で快適な生活を手に入れようというものです。

「断つ」とは、入ってくる不要なモノを断つ。「捨てる」とは、すでにある要らないモノを捨てる。「離れる」とは、そもそもモノへの執着から離れる。ということですが、禅でいう「こだわりを捨てる」という教えに近いものがあります。

これらは分かっていてもなかなかできないものですが、私たちの研修プランも同じです。何かを捨てないと、新しいものが入らないのに、やれ「ゆとり教育世代」の若手が多くなった、管理職には、コミュニケーションと問題解決能力が必要、といって、今までのプログラムに、上乗せする形で、担当の先生に策定をお願いします。

これでは、プログラムは、要望を満たしているに見えても、あれもこれもテンコ盛りで、かえって焦点がぼけて、時間に追われた研修になりがちです。そう、捨てるものを捨てきれていないのです。捨てなければ、新しいものは入らないのです。新しいものを入れてから、要らないものを捨てるというより、まず、要らないものを捨てることから始めるべきです。

私たちは、往々にして、今までのプログラムに固執しがちです。「モノへの執着」そのものです。このこだわりを捨てないかぎり、新しいプログラムには生まれ変わらないことを、この断捨離から学ぶべきではないでしょうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月20日 (月)

成功談と失敗談

講師の先生が、研修の中で具体例を挙げて話される場合、私たち研修担当としては、失敗談のご披露を期待しています。一般的には、自信に満ちた先生は「失敗談」を、そうでない先生は「成功談」が多いようです。

ご自分の研修に自信がないと、失敗談を話したら、「受講生に、そんな講師の研修は有益ではない、と思われる」と勝手に思い込んでおられたなら、ちょっと違うように思います。あらゆるビジネスにおいて、成功への道筋は数多くあるはずなのに、「私はこういう方法で成功した」といわれると、仕事に就いたばかりの新人などにとって、「だから、このやり方をしなさい」という教え方になってしまうからです。

新人は、まだビジネス経験が浅いわけですから、むしろ「こうやったら失敗した」という具体例を挙げてもらえば、その失敗談を聴くことで、その間違ったやり方以外の数ある道筋から、有効と思われるものを自ら探すことができ、仕事をする際の選択肢を広げることができるのです。

外部から招聘する先生でなく、内製で講義をする先輩や上司の場合も同じだと思います。通常、仕事を教える先輩や上司は、あえて失敗談を語る必要がないと思われがちですが、新人たちにとっては、仕事をテキパキこなす先輩や上司が「こうやったら、うまくいかなかった」という失敗談をフランクに話すようになれば、受講生も「この人たちも、失敗を重ねて今があるのだ」と親近感を覚え、講義を受け入れやすくなると思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月13日 (月)

ぬくもりのある手紙

いまやメールはビジネスにおいて欠かせないコミュニケーション手段ですが、やはり、時と場合によっては、電話を併用することもあります。たとえば、お詫びしたい場合とか、クレーム対応の一次連絡はもとより、急を要する確認や、確実に要件を伝いたいときとか、ややこしい調整や交渉をするとき、などなどです。

この使い分けは、分かっていても、なかなかできない人がいることは、前にも書きましたが、メール全盛時代だからこそ大切にしたいのに「ぬくもりのある」手紙があります。ビジネスレターは、通常、先例の文書を活用することがほとんどですが、お世話になった方にお礼の気持ちを伝えたいときは、「お礼状の文例」を、その種の本から探したり、ネットで検索して、なんとかつなぎ合わせて形にするのですが、どうもしっくりと来ません。

電話やメールと比べ、手紙を書くことは、手間も時間も余分にかかります。それでも、あえて手紙を書くのは、手紙でなければ伝わらないものがあるからでしょうし、伝えたい「心」があって、その相手を思う「心」を、洗練された、ぬくもりのある「形」にかえて伝えたいからだと思います。なのに、できあいの「形」だけでは、始めからそこにない「心」では、伝わるはずがありません。

研修の講義も同じことで、「心」がこもっていない「形」だけのスキルの伝達では、受講生にとって、表面的な理解にとどまり、行動を起こすまでに至らないのです。ましてや、創造性に乏しいといわれる「ゆとり教育世代」の若者に対しては、相手が遭遇するのであろう仕事上の場面を想定して、「ぬくもりのある」心をもって、ひとつひとつ、進めていかねばならないのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月 6日 (月)

少年よ、大志を抱け

この前、ある講演会で、「最近の若者は、志を持っている人が少ない」というお話がありました。その先生は、いまの若者の価値観の違いを嘆いておられたようで、昔のように、「事業に成功したい、お金持ちになりたい」という人が少ないので、目標設定・達成での話がかみ合わないということでした。

この先生に限らず、「大きな志や目標を持つ」というところで、誰もが知っている「少年よ、大志を抱け!(Boys be ambitious!)」という言葉を引用される場合があります。ただ、この言葉が発す「志」は、俗にいう、「事業の成功や、お金持ちになる」といった利己的なことではないようです。

この言葉は、北海道大学(旧:札幌農学校)の初代教頭のウィリアム・スミス・クラークが、札幌農学校1期生との別れの際に、クラークが発したものだといわれています。ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、実は、「少年よ、大志を抱け」の後に、「どのように大志を抱くのか」という文面が続きます。
“Boys, be ambitious.
Be ambitious not for money
or for selfish aggrandizement,
not for that evanescent thing
which men call fame.
Be ambitious for the attainment 
of all that a man ought to be.”
「少年よ 大志を抱け!
お金のためではなく
私欲のためでもなく
名声という空虚な志のためでもなく
人はいかにあるべきか、その道を全うするために、大志を抱け」

つまり、金持ちになりたいとか有名になりたいとか、大臣や社長になりたいとか、名誉とか財産とか、そんな夢を追い求めるのは小さな志であり、そうではなく、人間として人格を高め、自分の夢は犠牲にしてでも人々のために尽く人になろうというような大きな志をもて、という意味が込められていると思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »