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2011年10月31日 (月)

自己啓発

私たちの能力開発の主軸は、OJTと集合研修、それに自己啓発があります。OJTというのは、ご承知のとおり、上司が、日常の業務を通じて行うもので、日本特有のものといわれています。最近では、ゆとり世代にどう対応するか、といった悩ましい問題を抱えながらの職場指導です。

集合研修は、私たち教育スタッフが中心になって進める分野と事業部門が主催する「部門別研修」があります。私たちの場合、教育スタッフが担当するのは、新入社員教育(内定者研修、フォローアップ研修を含む)とか新任課長教育といった管理職研修ぐらいで、事業部門が主催する職能別・部門別研修や事業部別・共通専門知識研修など、事業部門の方が圧倒的に多いです。

自己啓発は、いうまでもなく、個人が自主的に能力開発(スキル習得)を図る取り組みをすることで、企業が用意する上記のような業務研修に対し、外部研修機関の公開セミナーに参加したり、専門知識やモチベーションを高めるための読書なども含まれます。

ここ数年は、企業から与えられるものだけでなく、自己のキャリアを実現する観点から積極的に自己啓発に取り組まれるケースが増えてきています。当然、外部セミナー受講に対する補助金を出すようになります。企業も、だんだんと、社員を手取り足とりの面倒見のよい研修は減らす傾向にあり、企業人の能力開発は「自己啓発が基本」という考え方に移行しつつあります。

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2011年10月24日 (月)

管理職の理想像

「人によって態度を変える」、「業務知識が乏しい」、「口だけで行動がない」、「決断、判断力がない」、「人の話を聞かない」、「部下を見下す」、「口の聞き方が悪い」、「責任をとらない」、「クレームがあっても助けてくれない」、「社員のことを守らない」、「自分や自分グループのことしか考えない」。

これを読んで、みなさんはどうお考えですか?もちろん、あなた自身のことではありません。これは、異業種で同じ研修担当をしている友だちから聞いた「管理職候補」たちの研修会での話です。グループワークで何班かに分かれ「理想の管理者像」をまとめてもらう前に、「私は、こんな管理職になりたくない!」というテーマで感じたまま箇条書きにしてもらったある斑の回答だそうです。

研修の手法としては、「こんな管理職になりたくない」から、では、「どのような管理職になりたいか」管理職の理想像を導き出そうとするものです。それにしてもずいぶん厳しい目でとらえられていて、ある意味、ひ弱な彼らが頼りたいのに頼れない、いまの管理職の実態が浮き彫りにされています。

彼の話では、恥ずかしながら、他の斑も、似たり寄ったりの内容で、日ごろ、彼らが管理職の行動をよく観察している様子が伺えると言います。中でも、一番いやな項目はというと、どのグループも共通していて、「責任をとらない」、「いざとなると逃げる」管理職だそうです。

もちろん、そのあとの「理想の管理職像」では、直属の上司や、周りの上司、お客様の会社の上司のいいところを見て来た結果の集合体になっていると思います。でも、こうして「嫌な上司像」をあぶり出す手法がとられたとき、あなたの会社の管理職は大丈夫でしょうか。

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2011年10月17日 (月)

感動したい人、感動を与えたい人

辞書によれば、「感動」とは、「ある物事に深い感銘を受けて強く心を動かされること。」とあります。人は「自分にとって、それまでの常識をくつがえされることや、いつも目にしていながら気がつかなかったことを気づかされたとき、感動を覚える。」といわれます。

「感動」といえば、亡くなったアップルのスティブ・ジョブズ氏の伝説のスピーチが、よく引き合いにだされていますが、あのスピーチは2005年のスタンフォード大学の卒業生に送った言葉です。今年の初めに動画がWEBにアップされて以来、ここ最近の話のように語り継がれます。それは、彼がこの世にないものを創って世界中の人を楽しませた結果、多くの人に感動を与えて来たからでしょうか。

人は、泣ける話にも感動を覚えます。ディズニーランドのレストランでの老夫婦に提供したお子様ランチの話は、ご存じの方も多いと思います。あの感動の物語は、たしかディズニーランドの本家・アナハイムのホテルにあるレストランであった話で、ディズニーランドが日本に出来る前のことなのに、いまでは、東京ディスニーランドのレストランで起きた話として伝わっています。

あなたは「感動したい人」ですか?それとも「感動を与えたい人」ですか?研修では、研修講師の先生が、なんとか感動のある話をして、受講生に感動を与えたい、とされています。感動プロデューサーの平野秀典さんも、ビジネスで一番大切なことは「感動」が伝わることだと言われます。「感動」が起こるときは、何かを体験したとき、新たな気づきをもてるか、どうか、それがすべてだと思います。

しかし、人は誰もが同じように感動を覚えるとは限りません。同じ映画を見ても、同じ曲を聞いても、同じ本を読んでも、何も感じない人もいます。あたかも「感動したくない人」のように、自らそれを求めようともせず、仕事のマンネリの中で、無反応に日々をやり過ごします。このような人は、感動を与える人は「人に感動を与えることで、自分が感動している」とでも思っているのでしょうか。

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2011年10月 3日 (月)

想定内と想定外

「想定内」とは「想定の範囲内」の略で、ひと昔前、ニッポン放送、フジテレビの買収をねらったライブドア堀江貴文(元)社長が、フジテレビ側がとった対抗策へのコメントを求められた際に、その負けず嫌いな性格から、このことばを使って、一躍流行語となりました。いくつかの予想される事態をすべて自分の頭の中に描いていて、それに対してとりうる対策などを当初から予定しているということで、対語は「想定外(想定の範囲にないこと)」です。

東日本大震災では多くの人命が奪われました。これに対して行政や専門家らは、「想定外の地震と津波に襲われたため、被害が拡大した」との見解を示してきました。しかし私にはこの「想定外」という言葉が、「想定の範囲を超える自然災害だったのだから、仕方がない」という責任逃れの言い訳として使われているように思えてなりません。
「福島の原発事故での対応が後手に回った原因の1つは日本人の国民性」という指摘があります。確かに、多くの日本人は、対策が破綻した時を想定するのは、そもそも「破綻する対策」に不備があるのではと考えます。完全主義というのか生真面目というのか、「対策」とは万全でなければならず、そこに「破綻」などあり得ないのです。そして、「思考停止」に陥ります。ですから可能性の低い危険性は「想定」すらしなくなるのです。これが後手に回った理由の1つではないかというのです。
「危機管理」と日本語ではひとくくりにされていますが、英語では「リスクマネジメント」と「クライシスマネジメント」に分けられ、前者は「想定内の対応」、後者が「想定外への対応」とされています。リスクマネジメントは日本人にとって得意分野です。危機が起こらないよう対策を講じ、想定内の危機にはあらかじめ決めておいた手順を冷静に実行します。彼らは想定できる「リスクマネジメント」は100点であっても、想定外の「クライシスマネジメント」がほとんどできていないのが現実です。
クライシスマネジメントの立場に立てば、「想定外でした」という言い訳は絶対許されないのです。なぜなら「速やかに収束させるのがミッション」だからです。想定外だったから対応出来ませんでしたでは、クライシスマネジメントの敗北を意味するのです。政治家であれ、企業のトップであれ、この「想定外」をできるだけ「想定内」に収めることが、ビジョンを語り、日本の未来を担うリーダーではないでしょうか。

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