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2011年9月26日 (月)

PREP法

学生の頃に「演繹法」と「帰納法」というのを習ったと思います。演繹法とは、結論を先に言う表現方法で帰納法とは結論を最後に言う方法です。プレゼンテーションでも表現手法といわれるものがあり、プレゼンテーション研修の構成の仕方の部分で出てきます。
それは、PREP法といわれるもので、Point(要点)、Reason(理由)、Example(具体例)、Point(要約)の頭文字を取ったものです。PREP法では、「先に結論を述べて、次にその理由と理由を確証づける客観的な事例を述べ、最後に要点を繰り返す」という構成になっています。結論が先に来て、最後にもう一度、結論を繰り返すことで、要点が相手に伝わりやすい会話術、文章構成の方法になっています。
「演繹法」と申し上げたのは、論理思考で習うロジックツリーと同じで、伝えたいメッセージ(P)が最初にあり、その論拠(R)として「なぜならば」と理由を3つ程度述べて、さらに、その理由の具体例(E)を「なぜならば」と提示して説得するからです。
実際のプレゼンテーションを行う場合は、企画書やプレゼン資料を作って行うものですから資料をシナリオとして構成し、それにのっとった形で進めていけば良いのですが、企画内容だけを重視して全体のストーリーを無視してしまうケースも見受けられるので、プレゼンテーションの流れとして、このPREP法を頭に入れておきたいものです。
私たちのプレゼンテーション研修は、どちらかというとデリバリー(伝え方、見せ方)に重点を置いて来ました。一応、プレゼンテーション内容の構成のところでPREP法にも触れますが、講師の先生も、受講者も、内容はともかく、見栄えを気にします。この前、発表の演習をPREP法で、時間を掛けてやってもらったのですが、まともにPREP法でやれたのは、30人中、5~6人といった程度です。
「論理の神様」小野田さんの著書「論理的に話す方法」によると、日本人(この場合大学生)に「列車と車、どちらでの移動が好きですか?」と聞くと、「列車。」「車。」といった具合に、結論(P)だけをムスッと、ぶっきらぼうに答える人が多いのに、アメリカ人の高校生に同じ質問をすると、主張(P)のあとに、必ず論拠(R)がくるというのです。
(アメリカ女子高校生の返事)
列車よ。(Point)
窓から外の景色をゆっくり見れるから。(Reason)
中学の時からずっと列車で通学で、いつも窓の外を見ているのが楽しかったなあ。(Example)
うん、だから絶対に列車ね!(Point)
日本人は、子供ころから、このように話す訓練を受けてこなかったから、で済まされる問題でしょうか?

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2011年9月12日 (月)

がんばろう!日本

東日本大震災以降、「がんばろう!東北」とか「がんばろう!福島」など、被災地の地名が書かれた「がんばろう!○○」という看板やバナーが目立ちます。サッカーの試合で「がんばろう!日本」といった垂れ幕が使われ、WEBサイトでも「がんばろう!日本」と云うのがあります。

これらは、いったい誰に向けられた言葉なのでしょうか、具体的なことがイメージできないので、あくまで抽象的なメッセージとして捉えざるをえません。「がんばろう!」のロゴの下に英訳(自分のベストを尽くそう!)がついているものもありますが、これとて「何に対してベストをつくすのか」具体的に書かれていません。

当時、マスコミの心ないインタビューアーが現場の被災者の方に「がんばってください!」といってヒンシュクを買った話がありました。勇気づけるメッセージとして発した「がんばってください!」という言葉が、なぜダメなのでしょうか?おそらく当時のインタビューアーの方も、その意味を、いまもわかっていないかも知れません。

その意味は、がんばれる目標があるかないか、なのだと思います。津波に家族も家も奪われ、仕事もないまま、仮設住宅で不安な日々を送る罹災者の方には、何を目標にがんばればよいのか、目標さえ見つからないで、何をがんばるのか、それをインタビューアーに問いかけているのではないでしょうか?

相田みつおさんの言葉に、「アノネ がんばんなくてもいいからさ、具体的に動くことだね。」というのがあります。 いつも、「やらなかった」くせに「やれなかった」といいわけする御仁は、ことあるごとに「がんばります」といいます。やってみないとわからないのに、ただ頭で考えただけで、一歩もふみだすことなく、こころがなえてしまう人がいます。本当に「がんばらなくてもいいから、具体的に動いてごらん」と云いたいです。

私たちの研修でも、「がんばります」というのは禁句になっていて、コミットする場合も、「何を、いつまでに、どのようにするか」具体的にお願いするようにしています。それにしても「がんばります!」というのは、なんと快い響きを持つ言葉でしょうか。「コミュニケーションは相手理解があってはじめて成り立つ」ということを無視すると、ついつい「がんばってください!」となるのでしょう。

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2011年9月 5日 (月)

自利利他と自利他利

自利利他とは何か? 辞書を引くと・・・ 「自らの仏道修行により得た功徳を自分が受け取るとともに 他のための仏法の利益をはかること」とあります。 自利利他の自利とは「自分の利益」のことで、利他とは「他人に利益となるように図ること」です。しかし、私は自利と「利他」ではなく、自利と「他利」という場合とは少し趣がことなると思います。
最近出た「仕事術」のビジネス書で、『「他人の利益」と「自分の利益」のどちらか一方に偏るのは危険で、共感の接点同様に、WIN/WINの関係を築くためにも「利他」「自利」をバランスよく統合することが重要。「利他」に偏るのはいいじゃないか、と思いがちですが、自己満足に過ぎない場合があるので要注意。』とありました。
これも自利利他」の解釈から成り立っています。
もともと原典となっている「自利とは利他をいふ」(最澄の言葉)とは、利他を実践すればいつかは自分の利益になるではなく、「利他の実践がそのまま自分の幸せなのだ」という考え方です。 「自利=他利」だ、という聖人の言葉を戒めとして企業が標榜する「顧客満足CS)経営」「企業の社会的責任(CSR)」は、つまるところ利他、イコール自利であり、自利「他利」ではなく自利「利他」ではないでしょうか?

「お客様の側に立って考える」とか「相手の立場に立って理解する」など、口でいうのは簡単ですが、実行は難しいものがあります。コミュニケーションスキル研修の講師の先生にしても、見るからに自己中心的な方がいらっしゃいますし、自分ができてから言って欲しい、と思うくらいです。というのも、人の考え方は様々で、たとえ「自利利他」であっても、次の4つのタイプに分けられます。
(1)自利のためにも行わず利他のためにも行わず、
(2)利他のために行い自利のために行わず、
(3)自利のために行い利他のために行わず、
(4)自利のために行いまた利他のために行う。
これらは、自分の生まれ育った環境に左右される性格に基づくもので、一朝一夕には変えられるものではありません。いままで自分の意見が通らず、どうしてなのか、相手に聞いてみることさえできない人は、「自利のために行い利他のために行わず」のタイプで、講義でどんないいことを言われても、信用できないというか、その人の育ちの環境がよくなかったのではと推察するばかりです。

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