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2011年8月29日 (月)

ワークライフバランス

ワークライフバランスは、仕事と生活を共存させながら、持っている能力をフルに発揮し、それぞれが望む人生を生きることを目指します。企業がワークライフバランスに取り組む目的は、社員が働きながらでも仕事以外の責任や要望を果たせる環境を提供することにより、能力を最大限発揮し、会社に貢献してもらうこと。

ところが、「ワークライフバランス」という言葉や考え方は、まだまだ多くの人に認知されているとは言えないのが現状です。内閣府が2008年6月に行った「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)に関する特別世論調査」では、仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)の認知度として、「名前も内容も知っている」:9.8%、「名前は聞いたことがあるが、内容までは知らない」:26.6%となっており、「名前も内容も知らない」人が半数以上(60.1%)であることが分かりました!

弊社でもフレックスタイムや短時間労働制の導入で、このワークライフバランスの推進に協力しているのですが、まだまだ「ワーカホリック」の人が多く見受けられます。「仕事と生活の調和」といわれても、いざ、抱えている仕事を前にして、現実は仕事中心にならざるを得ないのではないでしょうか?

思うに「ワークライフバランス」=「仕事と生活の調和」という抽象的な意訳が問題であり、現実的な表現で「ワークライフバランス」=「労働と私生活の(適度な)バランス」とか「私生活を犠牲にしない働き方の実現を目指すキャッチフレーズ」と云った方が分かりやすいはずです。「仕事とはどういうものか」と質問されて「一生懸命やるもの」と答える人は「ワーカホリック」で、バランスが取れた人の答えは「仕事とは、効率的にやるものだ」です。

そう、仕事をするために遊ぶ(身体を休める)のか、遊ぶために仕事をする(稼ぐ)のか、の違いなのですが、日常の仕事に追われている状態では、理解できそうにありません。よほど、大きな病気をして、死を覚悟して手術を受ける事態になって初めて、「仕事」「自分(健康、自己啓発)」「人間関係(家族・友だち)」「社会貢献(この世に残したいもの)」をバランスよく考えられるのかも知れません。

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2011年8月22日 (月)

マナー違反と思考停止

最近、電車に乗っていて、気付いたのですが、いわゆる電車の中で化粧する人、物を食べる人が少なくなってきたように思います。2年くらい前まで、2chなど投稿サイトで賛否の議論を賑わせていたのに、不思議なくらいです。もっともこの種の人は、服装からして、ふつうの勤め人には見えませんでしたから、バイトなどでも、時間をつくることを余儀なくされてきたのでしょうか?

公共の乗り物なので、個人的な利用は控えるのがマナーとするなら、この化粧や飲食のほか、携帯での通話や、大声での会話、ゲームや音楽、はては新聞・雑誌でも規制されるべきものですが、残念ながら、この種のマナー違反は後を絶ちません。この他、二人分の席をひとりで占領している人、バスの2人掛けの席で奥につめないで手前に座っている人、こんな人に聞いても「なぜ、悪いのか?」と一般の常識は持ち合わせていません。

江戸時代では「江戸しぐさ」と呼ばれる、思いやり精神あふれた振る舞いがあったそうです。そのなかで、「こぶし腰浮かせ」というあとから乗ってきたお客のために、先客が腰の両側にこぶしをついて腰を浮かせ、こぶしひとつ分の幅をつめながら、1人分のスペースをつくるという配慮がなされていました。

人のことを思いやって行動するという姿勢の欠けてきている現代では、この種の人は、「周りが見えない」のではなく、「周りを見ようとしない」のです。何も考えないで、云われたことをしていれば何とか世渡りできた結果が、そうさせてきたのでしょうが、会社でも同様、「思考停止な人」が増えて、「考えて行動する人」が少なくなってきているのです。
言われることしかやらない、しゃくし定規にしか働けない。「考えれば分かるだろう?」と言えば、「教わっていません」などと完全に思考を停止させる。そんな部下たちを嘆く上司たちは、「自分で考えて行動してほしい」 といわれるが、考えていないのは部下だけなのでしょうか。ひょっとしたら、上司自身も 「考える」という、実にしんどい作業に、自分でも気がつかないうちに「思考停止」して考えることをやめているではないでしょうか。

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2011年8月 8日 (月)

パート・アルバイトへの指導支援

先日、パート・アルバイトの方も戦力として使っている部署に対するOJT指導研修がありました。就業形態の多様化や非正規雇用の増加によって、これまでのように、正規社員に重点を置くだけの社員教育は難しくなってきました。非正規雇用といってもし、社外からみれば正規社員と変わりはありません。会社の重要な戦力であるのに、非正規社員の能力開発に力を入れてこなかった反省があります。

もちろん、「正社員」と「アルバイト」に対する教え方は、仕事に対する視点で捉えた場合や、キャリアアップに対する視点で捉えた場合は違いがありますが、こと企業理念(ミッション)、行動指針(アクション)には共通であるはずです。とくに、パート社員の正社員登用制度の導入からすると、正規・非正規の区別より、就業時間がフルタイム・パートタイムの違いだけなのです。

現実に戻って、非正規社員の生産性を高めるためには、正規社員と同様の教育制度が必要と思われます。第一は、入職時の受入教育です。都の会社は、あまり時間を取っていないかもしれませんが、入職時教育は、できれば三日間はかけたいです。たとえ短期間で退職することになっても、「人」として処遇する、心あたたかい待遇を受けた会社のことは、忘れないでしょうし、他の仕事に役立つと思います。

第二は、同じ職場で働くものとして、社内の自己啓発支援制度を拡充して学ぶチャンスを提供すると同時に。自己啓発のための社外の研修プログラムやセミナーの催しについて、正規社員と同様に情報を伝えることです。個人では入手できない情報も企業には届けられているはずです。

第三は、月に一度でいいから、職場懇談会を持って質問や要望に応えるようにしようと思います。たとえ30分の手当てを出したとしても、パートやアルバイトの人が、自分の意見を発言できたことで、モチベーションが上がれば、すぐに時間分を取り戻すことができるはずです。時として、正社員より、アルバイトの方に方が、まっとうな意見を出してくれるのを知っているのは、私だけではないでしょう。

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2011年8月 1日 (月)

短所を直す教育

先週は、「短所を直すより、長所を伸ばそう」と書きましたが、ただ、現在の教育や躾の方向性は、「短所を指摘して正すこと」が基本方針のようです。研修もそうですが、確かに先生の視点から見れば、誰でも同じ型にはめればいいのですから、この方針の方が楽なのでしょう。

私は、自分自身に対しは、伸ばすよりも直すほうを優先しています。一方、他人に対しては、直すよりも伸ばすほうを優先しています。なぜなら、はっきり言って、他人の短所など直せるはずがないからです。自分自身で直そうとする気持ちが生まれない限り、周囲からとやかく言われても、直るわけがありません。また、何よりも、直すという行為に他人が入ってくるのは嫌なことであり、言う方も言われるほうも決していい気分ではありません。

「短所を直す教育」をいいように捉えると、他人の短所を直すのではなく、「自分の短所を直す」ことが正しい解釈の仕方ではないでしょうか?以前、朝日新聞の天声人語に、小学生の宿題で「わたしの長所」というのを出すと、PTAから「教育というのは短所を直すのが教育でしょう。だから宿題は「わたしの短所」でないといけないのではないか」とクレームがくるとありました。

現に「わたしの短所」という宿題を出すと、小・中学生はいっぱい書いてくるのに、「わたしの長所」という宿題を出すと全然書いてこないというのです。「長所を伸ばそう」としないで、初めから短所だけ指摘して、「それを直せ」という教育では子どもの人間性が伸びるはずはありませんが、親御さんも先生方の多くも「短所を直すのが教育である」と思い込んでいたのでしょう。だから短所ならいっぱい書けるというふうになってしまったのです。

「短所を直す教育」になってきたことは、明治からの近代化の流れのなかで、全て上から追いつけ追い越せという体制をつくり、画一的な「エリート養成教育」を推し進めたからです。そのお陰で日本経済は素晴らしい発展を遂げ、先進諸国に追いついて経済大国になりましたが、同時に追いつこうという「モデル」がなくなりました。自分の頭で新しいことを考え、新しいことを起こしていかなくてはいけないレベルまで達したのに、考える人間、個性ある人間を育ててこなかったという、ツケが回ってきたのではないでしょうか。 

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