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2011年6月27日 (月)

百聞は一見に如かず

「百聞は一見にしかず」は、「百回聞くよりは、自分の目で一回見た方がよくわかる」という意味ですが、中国の客家(ハッカ)という漢族の少数民族に伝わる諺だそうです。

客家の教えについては「客家の鉄則」や「客家大富豪18の金言」という単行本でも紹介されていますが、この部族は、鄧小平、孫文やタイガーバームの創始者など多くの政・財界で活躍した人物を輩出していて、東洋のユダヤ人と呼ばれているそうです。これらの成功者はこの教えを守っていたのでしょうか?

ところで皆さんは、この「百聞は一見に如かず」に、続きがあったことをご存じだったでしょうか。それは

百聞不如一見(百聞は一見にしかず)、
百見不如一考(百見は一考にしかず)、
百考不如一行(百考は一行にしかず)

というがそれですが、「聞くだけでなく見ること」→「見るだけでなく考えること」→「考えることだけでなく行動(体験)すること」の重要性を説いています。相田みつをさんの言葉に「アノネ、がんばらなくてもいいからさ、具体的に動くことだね」というのがありますが、やはり行動が一番重要なのでしょうか?それとも成果主義を推進するあなたは、さらに「百行不如一果(百行は一果にしかず)」とでもおっしゃるのでしょうか?

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2011年6月20日 (月)

受講生との距離

先日、中堅社員対象のスキルアップ研修で、講師の先生と受講生との距離について気付いたことがありました。それは、ほとんどの受講生が帰り際に、先生のところへ来て「ありがとうございました」と挨拶に来たからです。お礼の内容は、この研修で多くの気付きを得て、あすから自分が変われそうだというものが多いように聞き取れました。自分が探し求めていたスキルを明日からの業務に落とし込めると言わんばかりでした。

「どうだ、すごいだろう」と講師目線で教えられる先生は別として、なんとか受講生にわかってもらおうと受講生目線で教えられる先生は、研修が始まる前から、受講生と会話をして緊張をほぐしたり、受講生に対する質問の回答が間違っていても、「ああ、そういう考えもあるのですね」と肯定的にとらえ、どの受講生からも「この先生は、おれたちの意見を聞いてくれる」と思わせ、先生との距離を近いものにしていきます。

ただ、これらは意識的に、講師の先生が「受講生との距離」を縮める努力をされている結果であるのに比べ、冒頭にお話しした「受講生からの帰り際の感謝の挨拶」は、そのような表向きの所作ではなく、研修を通じて、体得したスキルが、いま自分が抱えている問題を解決してくれそうなものであり、業務を通じて明日から使える、と確信した結果なのでしょう。それが証拠に、受講アンケートには、多くの方が、そうコメントしていました。

外部から招聘した先生で、受講生目線の先生は、研修の終わりのところで、できるだけ多くの受講生から感想を取ろうとします。それは、研修のスタート時点で、受講生たちと確認した研修目的に照らし合わせ、その目的が達せられたか、受講生個々に聞いているのです。その感想の中で、講師の先生に「きょうは、ありがとう」といってもらえるかどうかで、きょうの研修の善し悪しが決まるというのです。

別のいい方をすれば、本当に受講生のことを思って、一人ひとりに「考え方」を理解してもらい、全員が「スキル」を自分のものしてもらうというゴールがあるとするなら、そのゴールに向かって、研修のスタートから、講師の先生はそれを意識して、理論と実践を積み重ねながら、演習での成功体験を積み重ねてもらえるよう、受講生に仕向けているように思えます。それが無意識にできている先生を今後も多用したいです。

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2011年6月13日 (月)

新人へのアンケート

今年の新人研修をやっていて気がついたことがあります。新人研修後にはたいていの新人がアンケートにびっしり素晴らしいコメントを記入してくれます。最近の新人は、報告の書き方は先輩たちより優秀だ、と感じたりしていましたが、よく見るとそのコメントには、中堅社員向けやマネージャー向けの研修へのコメントとは明らかに違いがあるのに気がつきました。

それは何かというと、アンケートのコメント文章の主語が誰かということです。マネージャー向けの研修では、「私は・・・の気づきを得た」「明日から・・・していきたい」と主語が一人称なのですが、新人研修のコメントでは「講師のプレゼンスキルがすばらしい」「相手尊重という切り口の研修は斬新であった」「これほどの研修は今まで受けたことがない」などと、主語が三人称であったり、一人称であっても他人事のコメントが多いのです。

なぜ、そのようなコメントになるか、多分それはゆとり世代が常に消費者としてサービスを評価する立場で居続けたからだと云われています。インターネットを当たり前のように使いこなすゆとり世代にとっては、口コミサイトやSNSなどで商品やサービスを評価したり、いわゆる「ダメ出し」をすることが当たり前になり、企業側としても直接顧客に会って聞くより、ネットを通じて消費者に評価してもらう方が手っ取り早いからなのでしょう。

ですから、研修への参加態度も、なんとなくテレビを見ているようなあり方になり、終わった後もそのドラマの感想として、評論家的なコメントを書くようになっているのではないでしょうか?研修を評価するというモードになってしまうと、人は無意識に研修や講師の良さを、自分のあり方や行動とは関係がないというモードで見るようになります。しかし実際には、自分がどれだけ学ぼうとしていたかという姿勢も、本人の気づきの深さに大きく影響を与えるはずで、他人ごとではないのです。

ある生命保険会社から毎年発表される「新入社員を対象とした理想の上司」というのがあります。このアンケートは、保険勧誘のツールとして実施されるPR活動のいわば副産物で、答えはいつも「ゆるキャラの上司」に映る俳優やテレビドラマの主人公ばかりで、どこまでマネジメントをわかっての答えなのか疑問に感じます。これも評論家気取りのゆとり世代の新人が書くコメントだと考えると、無べなるかな、と思います。

私たち人材開発と組織開発の観点からすると、このような研修のアンケートは廃止する方向にあります。その代わりに、研修を振り返って自分の関わり方はどうだったか、どのような気づきがあったのか、明日から具体的に何をしてみたいのかなど、内省できるような振り返りシートを記入してもらう予定です。また、そのコピーを数カ月後に再度送付して改めて振り返るようにするつもりです。

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2011年6月 6日 (月)

中堅営業のビジネスマナー

最近、営業部隊の方から、今一度マナー研修をやってほしいという要望がありました。もちろん、新入社員のときのマナー研修ではなく、お客様との信頼関係をいかに醸成するかが最大の課題で、一歩踏み込んだマナー研修をお願いしたいと言うことです。

通常、「営業におけるマナーの再徹底」となると、なぜマナーが求められるのか、営業においてはマナーのどこに気をつければいいのかを改めて整理します。そのうえで、立ち姿、名刺交換など、実際に体を動かしながら体得して、実際の営業シーンを想定した説明姿をビデオに撮り、自らチェック&他者からもフィードバックをもらうことで、自分の癖を自覚し、弱点を発見するパターンが一般的です。

そうではなく、もっと根本的なところを教えてやってほしいというのです。そこで要望をよく聞いてみると、リッツカールトンホテル大阪や東京ディズニーランドのお客様に対する応対の根っこにあるところだと言うのです。それは顧客満足を得るためのマナー研修とでもいうのでしょうか、差し出がましいサービスではなく、奥ゆかしさがある相手理解をベースにした接客態度なのです。果たしてこれが信頼関係を醸成する解決策なのでしょうか?

以前、兼高かおるさんがトークショーか何かで、「グローバル時代に要求されるビジネスマナー」のお話をされていたのですが、日本人の伝統的な礼儀作法をしっかり身につけていれば、海外の仕事にあっても、たいていの場面で相手に失礼なくこなせるのだそうです。たとえば、相手訪問の場面ひつつ取っても、相手のことを考えたうえでの作法で、その理由を聞くとなるほどと納得させられるものばかりです。これも相手理解のうえに立った「奥ゆかしさ」とでもいうのでしょうか?

相手理解といえば、お客様のタイプ別での対応を理解すること、また、相手の話を聴いてから自分が話すといった相手尊重のコミュニケーションスタイルが必要となります。いわば「奥ゆかしさ+コミュニケーション」で、心底、これが日常できている人というのは、もともと育ちのよい人か、いつも心に余裕をもてる人に限られるような気がして、「営業におけるマナーの再徹底」は、頭がいたい企画です。

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