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2011年5月16日 (月)

実戦力

「話し方も上手だ。スライドもきれいで見やすくできている。論理構成もソツなく、わかりやすい。受講した人たちも“わかった”、“よかった”と満足そうな顔をしている。でもね・・・。私にはなにか“これでいいのか?”という疑念がいつもついて回るんです」

そう言った人は、戦後の混乱期から高度成長の繁忙期、そしてバブル後の激変期までの半世紀あまりを自らの力で乗り越えてきた元サラリーマンです。彼はこう続けます。

「どうもね。今行われている啓発セミナーの多くは、昔風に言えば道場剣法を見ているような気がするんです。形もいい、理論もそこそこ、ワークショップと称して竹刀(しない)の振り方もやらせている。説明するほうもされるほうも、なぜかそれで納得してしまっている。しかし、それじゃあ真剣持って戦ってみろと言ったら本当にそれで戦えるのかといえば、やはり心許ないと言わざるをえないし、実際できるとは思えないのです」

彼の言うことをさらに要約するとこうなります。つまり、いつの時代もビジネスマンにとって仕事の場は、いわば戦(いくさ)の場だ。兵隊に鉄砲の撃ち方を教えたからすぐにでも戦場で戦えるかというと、そうではない。ジャングルではどう戦うのか、市街戦ではどう動くのか、状況に応じて自分で動けなければ戦は負けるし自分も生き残れない。セミナーに関して言えば、実務的と自称しているものですら、実態としてはやはり座学の域を出ていないことが多い。座学が無意味だとは言わないけれども、実際の戦場を理解していない説法は、所詮(しょせん)畳の上の水練でしかないだろう。「戦略とは・・・で、戦術とは・・・だ」「目的とは・・・で、目標とは・・・だ」「問題とは・・・で、課題とは・・・だ」等々、言葉の定義説明に精力を費やしているようなセミナーで、はたして「実戦力」は身につくのだろうか、ということです。

 奇しくも今年の3月、東日本大震災でもたらされた原発事故に際して世間に再認識されたのが「現場力」でした。日本の底力は試練に遭遇したときに自分のイニシアチブで問題を解決する「現場力」の強さだと、多くの人が改めて気づかされたはずです。一般の企業活動においても、自らの判断で適切な行動がとれる“自走能力”を身につけさせるところに教育訓練の意味があるのではないか。そうした視点からセミナーの内容を見直す必要はないのかという一石を、彼は投じているのです。

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