« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »

2011年4月25日 (月)

読む力は生きる力

大学で教えている講師の先生に聞いた話ですが、最近は「本が嫌いなのは当りまえ」「読まないのがふつう」という学生が増えているそうです。私たちが彼らに「本を読むようになってほしい」と願うのは、この困難な世の中を渡っていくのに、本を読むことが大きな助けになると直感的にわかっているからでしょうが、彼らにとっては、本を読まなくても、他のことに助けられて今日まで成長してきたのだから、とくに本を読むことを好きにならなくても平気だというのです。

「昔は本なんか読まなかったけれど、それでもみんな立派に育ってきた」といわれますが、当時は子どもたちの周りにたくさんの大人たちがいて、その社会で生きていくのに必要な生活文化を自然と受け取れるという環境にありました。心配なのは、いまの子どもたちの多くは親と先生以外の大人に接する機会が少なく、人間によって育てられているというよりは、テレビなどの映像メディアに育てられているといっても過言ではないでしょう。

いまの子どもたちの多くは、テレビ、ゲーム、携帯などの遊び道具があり、もはや大人に興味を持たなくなっているのではないでしょうか?昔の子どもたちは、楽しみを大人に求め、お話を聞かせてもらったり、遊んでもらったり、何かにつけて、つきまとっていました。ところが、いまの子どもたちは、楽しむために大人を必要とせず、遊びの道具を買ってもらうスポンサーになりさがりました。

「本を読む」ということが、社会のなかで大きな位置を占めるようになったのは、わが国ではたかだか130年あまりにすぎません。本の歴史そのものは非常に古いのですが、大量に印刷、製本する技術が難しかったために、本格的な本の時代が訪れたのは明治になってからでした。新しい西洋文化への好奇心や、教育による立身出世の可能性が広がり、読書は誰もが身につけるべき教養、万人の楽しみと見なされるようになりました。

本を読まない人の多くは「これからは電子メディアの時代です」といいながら、実は、集中力をもって本を読めないのです。最近の学生さんだけでなく、社会人の中にも「本を読めない」人がいます。「字を読む」ことにも「書く」ことにも不自由がないにもかかわらず「本が読めない」のです。私の知り合いにも本をほとんど読まない若者がいます。「読もうと思っているが、どうしても身体が受け付けてくれない」というのです。

前にも書きましたが、子どものころに読書に興味を持つ機会が乏しく、本を読むことを習慣としていないと、読書力もなく、当然、読解力もない自分を、どのように社会で生きていこうとされるのか気がかりです。「読む力は生きる力」ではないでしょうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月18日 (月)

夏の節電対策

計画停電から始まった自主的な節電の呼び掛けは、公共機関の駅舎や民間の大型店舗など、あらゆるところで実行されているのが目につきます。デパートやスーパーマーケットなど一段と照明が落とされていたり、駅のエスカレーターが軒並み休止したりしています。東京駅など、大きな駅の構内照明も可能なかぎり絞り込まれていて、なんだかヨーロッパのセントラルステーション並みの明るさです。もっとも、外の明かりを取り入れることを前提としたヨーロッパの駅舎の構造に比べ、周りの外光を遮断した日本の駅舎のこれ以上の絞り込みは限界があるように思います。

節電の呼び掛け効果が功を奏したのか、計画停電も「原則実施」かた「原則として実施しない」に移行になったのは喜ばしいことではありますが、この夏の停電回避は綱渡りの状態には違いありません。東電管内の夏の電力不足は猛暑時で1500万KWとのことですが、最低1000万KWは需要を抑える必要があると言われています。ただ、需要削減を確実に見込めるのは、国の規制対象で、25%の削減目標を課す大口需要家だけです。契約電力500KW以上が大口需要家となり、通常のオフィスビルも含まれますが、500KW未満の小口需要家や一般家庭での15%~20%削減は実効性が不透明とされています。

考えることがあまり得意でないといわれる若手社員の代表として、いい機会ですので新入社員の皆さんにロジカルシンキング研修の中でしたが、この問題を考えてもらいました。「原発事故の影響で、クーラーなどを使う夏には、深刻な電力不足が予想されています。東電管内で、1000KWが不足すると想定されています。このままでは大規模な計画停電は避けられない見通しです。できるだけ産業活動を犠牲にしたくないとしたら、あなたなら、何をどう節電しますか?」という問題を提示しました。

さすが若手の代表で、情報収集のスピードと的確さは、想像以上に早く、最近のマスコミをにぎわしている「パチンコや自販機業界への自粛策を含め、化学工学会が試算した、電力需要を時間的・空間的にシフトさせることなどで、数百万世帯分に当たる1000万キロワットほどの不足分をカバーできると提言まで見事に捉えていました。ただ、こちらが期待していた解答、すなわち、記事になっていない新しい発想にやや乏しく、ちょっと寂しい気がしました。すべて欲しいものを与えられて育ってきた世代としては、自分の周りの環境、たとえばコンビニの深夜営業などについては全く無頓着でした。

彼らは、ひと昔前、デパートは週一で定休日があったこと、テレビやラジオの深夜放送がなかった時代があったこと、サマ―タイムが欧州並みに当り前のように毎年実施されていたことなど、知る由もないのかも知れません。与えられてきたことに慣れっこになっていて、云われてみてはじめて気がつくことなのでしょう。自販機がなくて平気ですか?というテレビのインタビューに「別に、なくても、我慢出来ます。」と平気でこたえる若者が印象的でした。わずか数カ月の期限を切っての節電とはいえ、「無くても差し支えない」電力消費は、工場などの産業活動とは分離して考えたいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月11日 (月)

マナー研修は後で

新入社員の導入研修で定番となっているのはマナー研修です。最近はビジネス・マナーと呼ばれていて、通常のマナー研修で教える「挨拶の仕方」「名刺交換・訪問マナー」「言葉づかい」「電話応対・来客応対」に加えて、ビジネス文書の書き方やビジネスメールについても教えるようになりました。さらに、あれも教えたい、これもやりたいとボリュームを増す傾向にありますが、これは担当者の自己満足に過ぎませんので要注です。

というもの、この時期、あれもこれもと詰め込んでも、いくらロールプレイングでもって体験させても、すべてを理解できる新人はいません。専門知識のような「ラーニング」は別として、ビジネス・マナーのような「トレーニング」は、実際の業務経験がないものですから、当然ビジネス上で状況がイメージできないからです。それでも、これから現場に配属されるにあたり、最低限度のビジネス・マナーは一人ひとり、落ちこぼれがないよう、内容を叩き込んでおく必要があります。

そんなわけがあってのことか分かりませんが、いままで導入研修の最初の方でやっていたマナー研修を、導入研修の終わりの方にもってくる企業がでてきました。他社ですが、私の知り合いの研修担当も、一番最後だといっていました。理由としては、いまは就活のころから一般的なマナーは訓練されていて、入社式や導入研修の期間に限って、たとえ失礼があったとしても、社内で問題になるようなことではないとのことです。

それよりも、導入期間中に、一人ひとりの作法を注視していれば、最後にマナーの大切さを分からせるマナー違反の事例には事欠かないといいます。会社に来るまでの歩行態度はどうか、会社に到着した後の所作はどうか、相手の目をみて挨拶ができているか、研修中に他者に気遣いが出来ているか、休憩時間にイスを中に仕舞いこんでいるか、施設や食事の準備など周りの人への感謝の気持ちが表現できているか、懇親会での立ち居振る舞いは、などなど。

マナー研修を外部の講師の先生に依頼されているのなら、これらの点を重点的にお願いするとよいと思います。彼ら、彼女らも自分たちの仲間のマナー違反を事例として示されることにより、より身近なものとして捉えられるようになることでしょう。弊社も部門内で「マナー研修は後で」のコンセンサスが取れるようなら、次年度はこの方法を採用するつもりです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 4日 (月)

教育の目的意識


今年は、東日本大震災の影響で、新入社員として研修を受ける人も、研修を提供する私たちの方も、何かバタバタしていて、とりあえず「研修をこなす」ことが第一義になりがちなのですが、こういう時期こそ、原点に返って新入社員教育は何をするのかではなく、なぜやるのか、どのようにするのが望ましいのか、その目的をはっきり認識すべきと思います。

もちろん、知識を詰め込むことが教育ではありません。Education(教育)というのは、Educate=語源はEduce(能力を引き出す)からきています。これから社会人として行動の変容を求められのですが、その時に、自分が得た知識や情報を自分のものとしてアウトプットできるようにしてあげることです。彼らがこれから直面する社内外の人間関係のあり方、業務を遂行するのに必要なビジネススキルもそうです。

ここ数年は、研修が始まる前に、通常の一般研修と同じように、マインドセットをしてからスタートしています。それには、「なぜ、この研修があるのか」「学んだことを現場ですぐに役立てる」ことをおさえてスキルを習得してもらうのです。そこではじめて「気づき」がり、現場で活用しようとする「ヤル気」が醸成されるのだと思います。その結果として、配属先から、最近は「新入社員教育で何を習ってきたのだ!」「いったい何を教育しているんだ!」といったクレームがなくなりました。

弊社は、一般研修でも比較的に外部講師を使うとされており、その先生方の受講生を一瞬にして引きつける「つかみ」や、集中力を切らさない「研修の進め方」など、あらゆる面で新入社員教育にとりいれさせてもらっています。たとえば、自己紹介などは、同じコンテンツを順番に話させると、事務的になりつまらないので、「自己紹介は何を話すかでなく、なぜ話すか」と自己紹介の意味合いを考えさせてからスタートします。これにより結構、盛り上がったり、他人にたいする興味が増したりします。

それと、一番初めのオリエンテーションで一番大事にしているのは、新入社員に対するウエルカムメッセージです。「ようこそ、皆さん、入社おめでとう」「私は皆さんの成長をサポートする係です」「数年後の皆さんが成長する姿をいまから期待しています」などですが、新入社員は何もかもが不安ですから、締めの言葉は「一緒に学んでいきましょう」といって彼らに安心感を与えられるよう、「一緒に」というのを強調しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »