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2011年3月 7日 (月)

Yes or No

「Yes」「No」の答えをはっきり言える欧米人と違って、単一民族で島国育ちの日本人は、伝統的に従属的な考えを持ち、相手の立場を考え、「Yes」か「No」の判定を求められても、その両極の程よい位置を見定めようとします。私たちの研修でもアンケートの回答を「12345」で「Yes、No」の選択をしてもらうと、どちらでもない「3」の答えが多くなります。最近は、その「あいまいな」意思表示を防ぐため「1234」で、中間をなくして、意志表示をはっきりしてもらうようにしています。

もともと、何事においても「Yes」か「No」の判断は内容によって単純に下されるはずですが、日本人の根幹にある「従属的な考え方」が複雑に心に入り込んでいて、欧米人のように単純に答えられないのかも知れません。ましてや力関係で上にある相手には、「従属的な考え方」がもたげてきて、なかなかNoとは言えません。アサーション・トレーニングなどのコミュニケーション研修では、上司に対しても上手に「No」といいなさいと言われるのですが、演習ではできても実際の業務の場面となると、なかなか難しいと皆さんおっしゃいます。

まえに第二次世界大戦のころの山本五十六の語録を紹介したことがありますが、同じころの人物で、山下奉文という大将がいました。当時、シンガポールを陥落に落とし込んだ日本の大将がイギリスのパーシバル将軍と停戦協定の話し合いで、「Yes or No」と迫ったことは有名で、「Noといえない日本人」にとっては武勇伝として当時もてはやされたそうですが、それも力関係で優位に立っていたからだと思います。

「Noと言えない日本人」という言葉が流行ったり、「Noといえる人は勇気がある人」だと賞賛されたりします。私の知り合いの外国人の多くは、「日本人はYesかNoかと聞いても、はっきり答えてくれない」といいますが、私は彼らに「日本人の答えはYesでもなくNoでもない第三の答えを持っている」と答えます。「Yes or No」と聞かれれば「Yes」でもなく、「No」でもなく「or」なのです。
「Yes」でもない「No」でもない「第三に答え」は、塾考のうえの判断なら聡明な返事といえますが、ただ「あいまい」だと受け取られかねません。そんなときは、「Yes and No」といって、自分が何を考えているのか、熟慮したことが相手に充分つたわるように、はっきり説明する必要があります。「そんなダブルスタンダードが世界に通用しない」といわれても、それが日本文化の奥ゆかしいところなのです。

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