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2010年8月30日 (月)

受講アンケート

私たちの会社には、外部講師の先生を招聘して開催する集合研修の他に、社員に参加料の一部を負担してもらって外部研修機関のオープンセミナーに派遣する外部研修があります。この外部研修では、定期的に派遣していますので、その主宰の研修機関からは、毎回、受講時の個人アンケートのコピーをいただいています。

もちろん、私たちは、このアンケートだけを見ているのではなく、自社でも、参加者一人一人から、事後にモニターを取っています。研修機関のアンケートが受講時のものであるのとは違い、私たちのモニターは約1ヶ月後に取るようにしています。理由は、受講直後だと、習得したスキルを、実際の現場に持ち帰って、活用できるかどうか推し量ることができないからです。

研修機関さんの受講時アンケートでは、「多くの気付きを得ることができた」いうのが、圧倒的に多いのですが、研修が期待どおりの内容であったか、講師が先生の話し方が上手であったか、テキストなどの資料は分かりやすかったか、会場や運営の仕方がよかったか、などが中心となります。もちろん、その日の各人のコンディションによることもありますが、いかに集中力をもって学習できる環境にあったかどうかによっても結果が異なります。

一方、私たちのモニター内容は、受講後1ヵ月経過した時点でのアンケートですので、質問内容も自ずと異なっていきます。受講会場の環境や講師の先生に対するコメントも印象として残っている程度で、主として、気付きをどのように現場で活かしているのか、習得したスキルを使ってみての結果で、その研修のよしあしを判断した内容になってきます。

私たちは、この受講時のアンケートと受講後のモニター結果との両方で、その外部機関のオープンコース派遣の価値をはかっています。

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2010年8月23日 (月)

完全カスタマイズ

新しい研修課題が見つかり、ベンダーさんを呼んで、当方の課題と、要望を説明して、それに見合った研修プログラムを策定してもらうことがあります。ベンダーさんの窓口の営業の人の技量によっても、出来あがってくる提案に差が生じることは否めないのですが、ベンダーさんの会社自体の姿勢によることも多いと思います。

ベンダーさんの「会社自体の姿勢」というのは、その会社の考え方が、もともと、カスタマイズすることを「よし」としないのか、課題をヒアリングしている時から、素直に聴く姿勢に欠け、説明中に、議論を挟んできたりします。

ひどい時は、こちらの課題や要望をほとんど取り入れずに、自分たちの定番に近いカリキュラムで、項目の表現を変えただけ、とういうのもありますが、通常は、自分たちで基本となるプログラムに、こちらの要望を重ね合わせた内容の提案を受けます。ところが、実際の研修実施の段階では、要望したポイントは軽く扱われがちです。

なかなか分かってもらえないのですが、私たちは、現状の課題を改善したいから、研修をお願いするのです。研修によって、受講生に気付きを与え、明日から行動の変革を促したいのです。なのに、私たちの課題を真剣に受け止めてくれず、研修に反映しないのは、カスタマイズしてもらったとは言えません。

私たちが「出来あいのスーツ」を買い求めるときのように、裾直し程度で「イージーオーダー」といわれるのと同じことで、もし、ベンダーさんの方で、自分たちの定番(パッケージ)プログラムから、表現を変える程度で、お茶を濁されるのなら、それは「カスタマイズ」とはいえません。

「カスタマイズ」という意味を、真に受けないで、カスタマイズしたフリをされるなら、これからは、「完全カスタマイズ」をお願いします、といった方がよいのでしょうか?

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2010年8月 9日 (月)

マナー違反は思考停止

先週、通勤電車の中で、足を踏まれました。そんなに混んでいなかったのですが、30代と思しき女性が、何かの拍子に、少しよろけたのかも知れません。思わず発した私の「痛い!」という言葉に、彼女は無反応でした。たまたま、私の靴がそこにあったので、上から重なった、といったところでしょうか?ふつうは「ごめんなさい」の一言あってもよさそうなものですが、別に悪びれる様子もないようでした。

残念ながら、最近は、このような応対が当り前の人が増えてきているようです。電車のシートの二人分の真ん中に座って、どんなに電車が混んでこようと、夢中で本を読んでいたり、音楽に聴きいっている人。バスの二人掛けシートで奥から詰めないで、手前に陣取っている人。電車がホームに入ってくるとき、みんな2列にならんでいるのに、ひとり平気で真ん中のラインの上に立っている人。

例えば、このような人に、席を詰めてくれようお願いすると、黙って詰めてくれます。もちろん、何の言葉もなく、無表情で、席を空けるのです。あたかも何もなかったように。このような人は、自分が逆の立場だと、どう対処するのか、注意深く見守っていると、二人分占拠している人には、席を詰めて欲しいなどと頼んだりしません。自分もそのようにするからでしょうか、別の席が空くのを待っているようです。

結構、年配の人にも、マナー違反が見受けられます。電車の中で、携帯に電話がかかってきて、相手が「いま大丈夫ですか」という問いにも、「大丈夫だよ」といって、何食わぬ顔で、長々と話し続けるオバちゃん!モノレールの4人掛けの席で、新婚旅行の帰りでしょうか、お互いに、横の席に荷物を置いて、混んで来ても平気で会話に夢中になっているカップル!

よく研修で、年々入社してくる若手は「考える」ことが苦手な人が多いといいますが、彼らは、贅沢な世代を生きてきた結果ですし、自分が考えなくとも誰かが答えを教えてくれたのです。このいい年をしてマナー違反に気がつかない人種は、その場その場の対応で凌いできた人たちなのかも知れません。「考える」ことをしないというより、余計なことをするより、言われたことだけやっていれば、世渡りができたのでしょう。

最近のマナー違反の増加とダブらせて「考えない」人を見ていると、完全に「思考停止」に落ち入っているように思います。若いころは、あちこちに気を配っていたのに、歳を重ねてくると、だんだんと外に気が回らなくなるのでしょうか?私の周りにも「思考停止」の人は、少なくありませんが、彼らも、このようなマナー違反をしているのでしょうか?

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2010年8月 2日 (月)

聞く

コミュニケーションは「話す」「聞く」のバランスだと思うのですが、人は誰しも「話す」ことには長けていても、「聞く」となると疑問符がつく人が多いように思います。外部研修機関のコミュニケーション研修の内容を調べてみても、プレゼンテーション、ネゴシエーションなど、ほとんどが「話す力」に重点を置いています。

もともと、「聞く」には、「聞く」「聴く」「訊く」の3つがあり、「聞く」は「うわさを聞く、忠告を聞く、聞くに堪えない」など、一般的に使われています。一方「聴く」は限定的な使い方で「名曲を聴く、国民の声を聴く、事情を聴く」というように「身を入れて聴く」アクティブ・リスニングを意味します。また、「訊く」は、「先生に訊く=尋ねる」という意味合いで常用外の使われ方をしています。

最近のコミュニケーション研修では「上手は聴き方、下手な聞き方」というように、傾聴スキルとして、能動的に「聴く」こと学ぶ演習がありますが、「うなずく、あいづちを打つ、相手の目を見る、メモを取る、質問をする」といった程度で「うわべだけのスキル」を教えるに留まっています。

コミュニケーションスキルは「話す力」「聴き力」+「配慮する力(アサーション的な伝え方)」から成り立っているとするなら、「聴く力」のところでは、外見的なことだけでなく、もっと掘り下げて「相手の話をきちんと理解する」ことに焦点を当ててもらいたいものです。

そのためには「うなずき、あいづち」だけでなく、相手の話のポイントを「繰り返す、言い換える、要約する」ことも必要です。また、「訊く」ことも大切で、質問するのはいいのですが、YES、NOで答えられる限定(クローズド)質問では、訊いたうちに入らず、本当に相手を理解するためには、インタビューのように拡大(オープン)質問の演習も必要だと思います。

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