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2009年12月21日 (月)

和をもって属さず

前に「思考停止」について書きましたが、きょうはその続きです。最近、漫画家の山田玲司さんの書かれた「非属の才能」という新書(光文社)を読んで、大いに共感するところがありました。それは、「思考停止」状態にある人、つまり、「仕事は上から与えられるもの」として、自分で積極的に仕事を作らない、または、余計なことをしない方が無難と思い込んでいる人は、「みんなと一緒」が好きなのです。

ゆとり教育世代の傾向の一つにも「属する集団から違う存在とみなされることを極端に避ける」というのがありますが、何のことはない、そう決めつけている先輩たちも、実は、自己防衛なのでしょうか、所属するチームで、主流の意見に同調する人が多く、ゆとり教育世代の新人さんたちと変わらないのです。

学生さんたちがよく使う「だよねぇ」「ていうか」という言葉使いの裏には、誰かが違うことをするのを忌み嫌い、主流派にいることの存在を正当化する意識があると思います。考えてみれば、みんながそうだと思っていることに、何の疑問も持たず、それでいいのだと思って、毎日を過ごすことほど楽なことはありません。ところが、考えることをしないのですから「思考停止状態」に陥ってしまうのです。

何も、なにが何でも、「人と違う考えを持て」というつもりはありませんが、私たち会社での行動に疑問を呈してくれる少数の意見を大切にしたいものです。あいつは「変わり者だ」という前に、世の中で「成功者」といわれる人のほとんどが、何かをやりとげるという信念を貫き通し「変わり者」であったことを思い浮かべてほしいのです。

もちろん、会社の中で、グループの行動に同調せず、浮いた存在になり、引きこもるのも結構ですが、2チャンネルで議論を戦わして悦に入っているようでは、結局、その議論好きなグループに所属していることで、単に会社でコミュニケーションが取れないだけです。

昔からの言い伝えに「和をもって尊しとなす」というのがありますが、私たちは仲良しグループだけでは、問題の発見もできず、なんら新しい行動をおこすことができません。みんなと仲良くすることは大事なことですが、論語(子路)に「君子、和して同ぜず」と同様、「和をもって属さず」を心がけてもらいたいです。

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2009年12月14日 (月)

なぜプレゼンするのか?

この前、ロジカルプレゼンテーション研修の立ち会いにいったとき、感じることがありました。通常のプレゼンテーション研修では、見せ方や伝え方に重点がおかれ、本番の発表演習は「学芸会」のようで、送り手の自己満足に終わりがちですが、ロジカルプレゼンテーションとなると、論理構成に重点が置かれるので、送り手の論理ではなく、受け手の理解に焦点が当たります。

研修のスタート時点で代表者が、自分の持ち寄った資料をもとに発表するのですが、その発表前に「想定されている背景」を聞き手に知らせる必要があります。どんな人が対象なのか、この発表で、何を期待しているのか」を問われます。それに答えてから、本番の発表に入ります。

これは、「何をプレゼンするのか」ではなく「なぜプレゼンするのか」を肝に銘じて、改めて発表にはいりますので、プレゼンする人は、たいてい「しどろもどろ」になります。それほど、私たちは、日頃、分かっているつもりでいるものの、実際は、受け手のことを意識しない資料の作り込み明け暮れているのでしょう。

ロジカルプレゼンテーションは「論理構成がしっかりできていればよい」と思いがちなのですが、その「論理・構成」が受け手にとって理解しやすい、分かりやすい論理構成になっているかが問われます。ですからプレゼンの資料作成は、「何をプレゼンするのか」ではなく、「なぜプレゼンするのか」なのです。

研修では、発表者も受け手目線(受講者目線)になるわけですから、一般の研修でも、講師の先生は「何を教えるのか」ではなく「なぜ教えるのか」という受講生目線になって研修を行ってほしいです。「自分の教え方はうまい」と自画自賛されている先生ほど「上から目線」の方が多く、こちらが期待する「受講生の潜在能力を引き出す」ことに無頓着で、ひとりで悦に入り「学芸会」をされているようです。

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2009年12月 7日 (月)

思考停止

きのう久しぶりに昔の仲間に会いました。当時は、彼は私たちの会社の取引先の営業がったのですが、いまは部下を持つようになり、管理の仕事が中心で、部下指導に頭を痛めている様子でした。毎年、新人が配属されてくるのですが、最近の新卒は、「与えられることに慣れている」「叱ると、ブンむくれる」「仲間外れを気にする」「答えを欲しがる」など、「ゆとり世代の特徴」のオンパレードです。

彼が、指導で一番気を付けていることは、「教えること仕事」と「教え過ぎない仕事」の区別だといっていました。それは、「与えられることに慣れている」世代は、仕事は、上司から与えられるまで、行動を起こそうとしないからです。「少しは考えて自分で行動しろ」といっても「どのように行動すればよろしいでしょうか」と平気で答えを求めてくるのです。

「教え過ぎない」といのは、「考えて行動することを促す」ことで、なんでも「ああすればよい、こうすればよい」と指示をだしていれば、彼らは、いつか「指示待ち人間」になり、「考えること」ができなくなります。まさに「思考停止」状態になっていくのです。

そういう私たち周りにも、「思考停止」の人が多いのです。「指示待ち人間」は今に始まったわけでなく、「ミスをしたくない」あまり、自ら行動することなく、上司の意のまま、指示待ちで、会社人生を過ごして来ている人が多いこと。「いまの新人は・・・」なんて言えた義理ではありません。

そんな人に限って「自分は頑張って来た」といわれるのですが、自分で考え、行動することを「怠けて来た」くせに、何をがんばって来たというのでしょうか?

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