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2009年6月 1日 (月)

板書の技術

古くは小学生の時、先生が黒板を使って授業をしてくれました。いまから思えば、ずいぶん内容がよく網羅されていて、生徒は、食い入るように先生が書いてくれる文字を追っていました。それに比べ、いまの私たちは、会議室に黒板があるのですが、ほとんど使われたことはありません。

外部から招聘する講師の先生は、最近パワーポイントで作ったスライドを使って説明されることが多いのですが、ご要望により、ホワイトボードも準備させていただいています。ただ、このボードに書かれるのは、難しい言葉の説明とか、質問に対する集計など、ほんの少しです。

小学校の先生が、板書が上手なのは、生徒に分かりやすく伝える手段として、それしか与えられていない環境だからかも知れませんが、「板書の極意」のような本を勉強され、自分なりにいろいろ工夫をされてきた結果ではないでしょうか? それが、中学、高校、大学となると、板書の機会がだんだん少なくなって来ているように思います。

そして社会人になると、もうパワーポイントを使うことが板書の代わりのようになってしまい、肝心の「分かりやすく伝える手段」としての役目を果たさず、一方的な説明に終始しているような気がします。中には、その「手段」が目的化してしまい、スライドの見栄えにこだわり、作成した本人の自己満足に終わったりする人も見かけます。

私は、「ドクター漫談」で人気のケーシー高峰さんの板書がとても気に入っています。時間的な都合で予め書かれているものに、書き足して行くやり方ですが、そのボードに客を惹きつけるノウハウには、大いに感心させられます。PCを使ったスライド説明では、とうてい達成できない充実感があります。

最近では、ファシリテーションの技法の中に、板書の技術があり、板書役が重要な働きをします。板書することにより、 行き交う言葉が、白板の上に固定化され、空間に消えていく言葉が、記憶に残っていくので、
そこから議論が始まったり、その原点に戻ったりできます。

もっとも「板書役」には、それ相当の「人の話を聴く力」、「見える化する力」、「速記できる力」など要求されますので、だれでも務まるものではありません。

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